第二十二話 亜栖羽の気持ち


              ☆☆☆その①☆☆☆

「それでね、実はこれ、模型雑誌のコンテストに送ったりなんかしてさ。賞には引っかからなかったけど、応募者全員のページには、写真が載ったんだよね」

 言いながら、数年前の模型雑誌を見せる。

 ページには応募作品の写真がたくさん掲載されていて、その中の一つ、偶数ページの一番下の一番内側の一角に、育郎専用機の写真が小さく乗っていた。

「あはは、小っちゃ~い♪ でも名前も載ってるんですね~」

「まあ選外だからね…。でも、載っただけでも嬉しかったなぁ」

「あの子ですよね~」

 写真と、棚の中の実物を見比べながら、亜栖羽は楽しそうだ。

 紅茶を飲み干し、青年がお替りを用意する。

「あ、急須 あるんですね」

「お茶っ葉もあるけど、お茶がいい?」

「はい♪ お茶とお煎餅とか、最高ですよね~。私、お祖母ちゃんっ娘なんで、なんかしっくりきちゃうんですよ~♪」

 そういえば、さっきもそんな話をしていた。

「なんか そういうの、落ち着く感じだよね」

「えへへ~、オジサンに褒められちゃった~☆」

 ニッコリと微笑む少女は、本当に嬉しそうで眩しい。

 それから、育郎の事も色々と話した。

 実家は東京から二時間ほどで、兄弟はなしの一人っ子。両親は健在で、父はサラリーマンで母は専業主婦。とか。

「実家には柴犬が二匹いて、アミとドルって、母が名付けてね、どっちもメスでさ、僕が就職した年に、母が友達から貰ったって言ってたんだ」

「犬 いいですよね~。うちはずっとマンションだし、パパもママも–りょ両親も動物とか苦手で、ペットは文鳥までって感じなんですよ~。ワンちゃん、お散歩とか楽しそうですよね~♪」

「あはは、楽しいけど、結構大変みたいだよ。朝晩の二回 ちゃんと散歩しないと運動不足になっちゃうみたいだし、二頭一緒に散歩させるから意外と引っ張られちゃうみたいだし。まあ、母が躾に失敗してるってのもあるけど、それでもいい運動になるとは言ってるけどね」

 正直、二人切の部屋でまだドキドキしている。

 でもこんなに女の子と話すなんて、嬉しくて楽しくて、心が弾んで止まらない。

 つい自分の事を、次々と話し続けていた。

 気づくと、時刻は夕方の四時。

「あっ、もうこんな時間か…。亜栖羽ちゃん、そろそろ家まで送ろうか?」

 紳士として気遣う育郎に、亜栖羽の瞳が、僅かに寂しそうな色合いを見せた。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「…はい。そろそろ帰らないと、母が心配しますので♪」

「…うん」

 なんだろう。亜栖羽は明るく振舞っているけど、何かが引っかかめる。

 マンションの玄関を出るまで、二人の間に会話はなし。

 (やっぱり、亜栖羽ちゃんは 何か気にしてる…っ!)

 育郎は、思い切って訊ねてみた。

「あ、あの…亜栖羽ちゃん。僕、何か気に障る事、しちゃった…?」

 学校の先生に尋ねる生徒のように、恐る恐る問う青年。

 亜栖羽は、花束を抱いたまま暫し思案して、振り返っても俯きながら、そして無理してる笑顔で、静かに答えた。

「……今日は、お付き合いして下さって、ありがとうございました。私、本当に すごく楽しかったです…」

 まるで別れの言葉。

「えっ、あの…」

 慌てる育郎に、少女は言葉を絞り出すように、続ける。

「でももう、ご迷惑はお掛けしませんので–」

「ちょっ、ちょっと待ってっ! 僕は亜栖羽ちゃんに、何の迷惑もかけられてなんてないよ!? 僕、そんなにひどい事、しちゃってたの? だったら、気づかなくてゴメン…っ!」

 九十度の綺麗な謝罪の青年に、亜栖羽は慌ててフォローする。

「オ、オジサンは何も悪くないです! 私の方こそ、色々と 我がまま言っちゃって–」

「? ?」

 どうも会話がかみ合わない。

「あの…ちゃんと最後まで聞くから、話して貰っていい…?」

 育郎の申し出に、亜栖羽は言葉を選びながら告げた。

「オジサン…私にあんまり興味ないみたいで…今日のデートも、私の我がままを聞いてくれたんだって…」

 小さな声に、涙が含まれている。

「えっ!? そんな事ないよ! 僕も今日のデート、すっごく楽しかったし、ちゃんと案内できなかったのは悔しいけど…それでも、亜栖羽ちゃんといるのは楽しいし嬉しいし、僕はまた–」

 心の底からの言葉が、出る直前に恥ずかしくなって、でも頑張って吐き出す。

「ぼ簿記はまたっ–僕はまたっ、ああ亜栖羽ちゃんとっ、デートしたいですっ!」

 育郎の必死な、目を見ながらの懇願に、少女の瞳が大きく揺れて、色づく。

「で、でもオジサン…メールでも私の事とか、あんまり聞いてくれないから…オジサン、私にあんまり 興味ないのかなって、思って…」

「え…っ!?」

 頭の中に電を落とされた感じ。

「そ、それは…」

 亜栖羽の事をなるべく聞かないようにしていたのには、理由がある。

「じ、実は…」

 デートどころか彼女初めての青年が、ネットで知った事のいくつか。

①デートコースの一つも設定できない男はダメ。

②女の子の欲する物は何であれ先回りして対応。

③女の子にしつこく聞くのは嫌がられる。

「それで、私に何も聞かなかったんですか?」

「う、うん…色々訊いたら、亜栖羽ちゃんに嫌われちゃうと思って…」

 まるで、先生に叱られる子供のように、シュンと項垂れる二十九歳。

「くす…あははは☆」

 亜栖羽の、弾むような笑い声に、育郎は「?」顔だ。

「オジサン、私すっごく、すっっごく、嬉しいで~っす♪」

 言いながら、育郎の逞しい腕にガバっと抱き付いてきた亜栖羽。

「あわわっ–ああ亜栖羽ちゃんっ!?」

 大きな瞳をキラキラさせて無邪気に笑いながら、少女は青年にハキハキと告げた。

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