第三十八話 追試の結果は
☆☆☆その①☆☆☆
育郎の言葉で思い出したらしい。
少女は、ランチが入っていたカバンから、大きな額縁をズルりと取り出す。
(何…? 額縁?)
「見てくださいっ、追試の結果ですっ!」
クルりと向けられた画面には、追試のテスト用紙が収められていて、その点数は。
「おおっ、百点満点じゃない!」
「はいっ! 凄いですか? 私 偉いですか? むふー!」
ネズミを捕らえて誇る子猫の如くな自慢の媚顔を見せながら、フライングディスクを捕まえて主人に褒めて欲しい子犬のように、額縁を掲げる亜栖羽だ。
(可愛い…一万点満点で 可愛い…っ!)
つい、笑顔が蕩け崩壊を起こす青年である。
「うん、本当に凄いよ! やっぱり亜栖羽ちゃん、やれば出来る娘なんだよ!」
言いながら、無意識に頭を撫でそうになって、ハっと止める。
子供扱いみたいで嫌がられるかな。
と感じたと同時に、普通に恥ずかしさを意識したら、できなかった。
そんな青年の空気を感じたのか、あるいは少女自身の願望なのか。
「オジサン、偉い子にはナデナデしてくれて いいんですよ~♪」
と、キラキラの瞳でおねだりをされる。
亜栖羽の後押しのおかげで、育郎は決意ができた。
「う、うん。たいへん、よよくが 頑張りました…!」
詰まりながら噛みながら、緊張で震える手で、生まれて初めて、女の子の髪をナデナデする。
掌全体から手首、肘、上腕、肩から心臓、全身にまで、少女に触れる熱がドキドキと伝わってきた。
「えへへ~。私、百点なんて 生まれて初めてですよ~♪ 育郎センセーのおかげで~す♡」
嬉しそうに頬を染める少女の笑顔が、陽光に照らされて眩しかった。
そして青年も。
「や、役に立てて 良かったよ」
(うわああっ、女の子の髪って、サラサラで柔らかくて、なんて良い香りがするんだっ!)
触れて見ると、やはり大柄青年の掌に対して、少女の頭部は小さく感じる。
性別ゆえの本能なのか、撫でていると自然に力が抜けて優しくなるし、このまま大切に護ってあげたいとも思った。
そして、フと気づく。
(しまった! 僕は、手汗…かいてないかな…っ!?)
こんなに艶やかで良い香りの清潔な髪を、自分の手汗で汚してしまったら、とか思うと、申し訳ない気持ちしかしない。
と言って、ではナデりをどこで止めるベキか。
恋人がいたことのない育郎は、まるで初恋中学生のように、タイミングが解らなかった。
「あ、オジサン、卵焼きも 食べてください!」
「あ、うん、そうだね」
満足気な少女の助け船で、育郎はナデりの掌を、再びお弁当へと伸ばせた。
☆☆☆その②☆☆☆
オニギリ全ては塩加減がバッチリで、タコさんウインナーも定番の美味しさ。
卵焼きも味付けは甘めで、見た目以上の満足感を与えてくれた。
「んぐんぐ…ごくん。ぷは、美味しかった~」
「えへへ、良かった♪」
昼食の会話で、額縁は亜栖羽の父が注文して制作したのだと教えてくれた。
「パパもよっぽど 嬉しかったみたいでしたよ~♪」
娘の、追試とはいえ人生初の百点満点。
しかもその前は赤点だったのだから、喜びもひとしおだったのだろう。
「いいお父さんだね」
「えへ~♡ これもオジサンのおかげです~♪」
お弁当の七割を育郎が頂いて、お昼ごはんが終了。
「「ご馳走様でした」」
キャンプシートなどをカバンに詰めて、育郎がカバンを預かる。
「それじゃ、百点満点のお祝い、選びに行こうか」
再び繁華街へと向かいながら、亜栖羽は嬉しそうな逡巡フェイス。
「ん~…お祝いは、もう充分 戴いている気がしてます♪」
「? 何のこと?」
ジャケット少女は、恥ずかしそうに、やや俯きながら告白。
「オジサン、追試の勉強を見てくれて、失敗オニギリも食べてくれて、今日のお弁当も残さず食べてくれて…私、すっごく、すっっっごく、幸せだなって…♡」
チラと見上げられると目が合って、亜栖羽の眼差しが、やや潤っているのが解る。
少女の視線にだけでなく、仕事以外で、しかもメールではなく直接、恋愛的な意味で女性から感謝されるのが、初めてな育郎。
「ぁ…えぇと…あ、亜栖羽ちゃんのお弁当、本当に美味しかったからね、あはは…」
照れてしまって、しかも初めての出来事で、しかも愛しい少女の感謝に対して、上手い言葉が全くでてこない。
「えへへ♪」
正直な青年の正直な言葉と様子に、少女は嬉しそうに微笑んだ。
交差点の信号が、点滅を始める。
「あ、信号が変わっちゃいます。オジサン 行きましょ♪」
「わわっ!」
大勢の人たちと一緒に、横断歩道を駆ける二人。
ドキドキする鼓動に戸惑いながら、青年の大きな掌は、少女の小さな掌で、交差点を引かれて渡った。
渡りきって立ち止まると、亜栖羽は振り返らず、言葉にする。
「オジサン、やっぱり私、ご褒美 欲しいです!」
「ん、な、何が欲しいの?」
「オジサン!」
「え…ぇえええええええええええええええええええええええええっ!?」
周囲の若者たちが、ライオンの遠吠えみたいな育郎の絶叫に、振り向いていた。
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