第一話 見た目は大事

              ☆☆☆その①☆☆☆


 あれから十五分ほどが過ぎた、午後八時二十三分の公園。

 泣きながら走った育郎は一人、別なる公園のブランコで、ポツンと泣いていた。

「うぅ…な、なんだよあの女の子っ! あんなに騒がなくったって いいじゃないか! いくら僕がっ–僕が…」

 言葉に詰まり、そして客観的な視点で、フと寂しくなる。

「僕が…ブサイクだからって……」

 幼稚園の頃は、まだその年齢だけで、大人たちは可愛いと言ってくれていた。

 小学校に入ったあたりから周囲の人たち、特に女子たちは、露骨に避けられ始めていたように思い出される。

 それでも小学校時代は男子同士で遊んでいたし、友達同士のブ男呼ばわりに傷つきながらも、親しい軽口だと、自分を納得させてもいた。

 そんな育郎も、中学に進学する頃には思春期に突入。

 さすがに、自分の顔の不出来具合も悲しい現実として受け入れざるを得なくなってきて、活発だった性格も内向きへと委縮。

 友達も女子を意識して小綺麗になってゆき、クラスのイベントなどで女子と絡むと、男同士での遊びの回数も、目に見えて減ってゆく。

 女子に至っては、反応以前に話しかける事そのものが、思春期の男子にとって超難関。

 結局、大学を卒業するまでの育郎の青春時代は、コンプレックスの塊ゆえの引っ込み思案と、女子に対する過度な劣等感に苛まれ続け、何一つとして楽しい思い出はなかった。

「はぁ……」

 青春時代を思い出すと、ため息ばかりの育郎だ。

 自慢ではないが、友達との交流が減ってゆく一方だった青春時代、育郎はとにかく勉強だけは、人一倍以上の努力を重ねた。

 入学した大学は、日本で二本指に数えられるほどの超優秀大学。

 しかも現役トップで合格したうえ、主席で卒業。

 なのに大学時代は楽しいコンパのお誘いもなく、卒業を控えた夏、必死で走り回った就活でも、育郎を受け入れてくれる企業はなかった。

 みな口をそろえて「成績は申し分ないのですが…」であり、ここでもまた、恵まれない容姿に人生を左右されてしまっていた。

 整形手術でも受けようか。両親も何気に心配してくれていた。

 それでも、ご先祖様から受け継いで親から貰ったこの身体に、女の子目当てで傷を付けるみたいな行為はどうか。

 逆に、見た目をとやかく言う女の子だったら、こっちから願い下げだ。

 などとも思う、古風な育郎でもあった。

 自分の決意に、後悔はしていない。

 現実に対しては嘆くけど。

 結局、優秀な成績とはあまり縁のない、子供の頃から趣味で弄っていたプログラムの才能が認められ、在宅プログラマーの職を得て、現在に至る。

 勿論、童貞。

「やっぱり 人は外見じゃないか…っ! 中身が肝心なんて 詭弁なんだ…っ!」

 潤む眼差しで夜空を見上げると、ぼやける満月の明かりが、まるで何かを暗示しているかのように優しく感じられたのは、なぜだろう。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「…………」

 女性から全くスルーされる自分でも、やっぱり女性を体験したいし、出来るなら愛されたい。

 せめて風俗の女性なら、刹那的でも仕事と割り切って相手をしてくれる…と思う。

 そんな希望に縋りつつ、内向きな自分なりに一大決心をして、繁華街にやって来たのに。

「……なんで、あんなタイミングで 女の子とぶつかるとか…」

 思い出してしまうと、恥ずかしくて悲しくて、自分の運の無さが恨めしい。

 と同時に、黒髪少女の愛らしい顔どころか全身まで、ハッキリと思い出せていた。

 キラキラした大きな瞳。

 可愛く整った美しい美顔。

 身長的にも育郎の胸辺りで、並ぶとバランス的には良い感じ。

「…えへへ~…」

 彼女と並ぶ自分を想像してしまうと、不思議とそれだけで、幸せな気持ちになってしまう。

 そんなフワフワ脳裏に、少女の言葉が思い出される。

『っうっわ~~~っ! すっっっごいお顔のオジサンっ!』

「うっ!」

 思い出したら、また心に深々と突き刺さった。

 女性たちが陰で囁くブサイク呼ばわりには慣れているのに、なぜだか、名前すら知らないあの少女に言われた言葉が、一際強く、ハートを抉る。

「……やっぱり、ブサイク…なんだろうな…解ってるけどさ…」

 今更ながら、残酷な自覚を強いられて、また涙。

「はぁ…帰ろ……」

 風俗に燃える根性の火も、消えて久しい。

 立ち上がろうとした礼服青年の背後から、またさっきの「きゃっ!」の女子の声が聞こえた。

「あ~っ、オジサンやっと見つけたぁっ!」

「ひっ!」

 直近で真後ろからの大声で、ビクっと怯えた育郎。

 慌てながら振り返ると、件のリボン少女が、嬉しそうな笑顔で息を吐いていた。

「ま、またキミかっ! ま、まだ 笑い足りない–」

 育郎の言葉を食い気味に、前に廻った少女が、ドキドキな笑顔で問うてくる。

「私っ、葦田乃亜栖羽(あしたの あすは)って言います! オジサンは、誰ですかっ!?」

 見た目をとやかく言っていた女の子が、いま、目の前にいる。

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