第三十五話 開演まで
☆☆☆その①☆☆☆
九時になって、デパートが開店。
並んでいた人たちの殆どは、入店と同時に目的の場所へと、バラバラに散ってゆく。
「ショーは十時からだから、屋上まで店内を見て歩こうか」
「そうですね~♪」
デパートに来るなんて滅多にない育郎は、綺麗な店内に思わずキョロキョロ。
建物の中央は大きく階上まで吹き抜けで、エスカレーターが併設されている。
吹き抜けの周囲が通路になっていて、各店舗が吹き抜けを囲んでいるような創りだった。
「広いなぁ」
「ウィンドウショッピングなら、エスカレーターで行きますか?」
一階のシューズ専門店や二階のジャケット専門店などを見ながら、時折、店員さんの許可を貰って、スマフォで写真を撮ったりする。
「オジサンオジサン、このサングラス 着けてみて~♪」
「こ、これ?」
言われるままに、大きなハート型のサングラスを装着。
亜栖羽が撮ったショットを見せられると、つい自分でも吹き出してしまった。
「ぷふっ–何このボンヤリ佇むハッピー能天気な感じ。値札もコッチ向いてるし」
「可愛いじゃないですか~♪ あ、今度はこのカチューシャ 着けてくださ~い♪」
渡されたのは、なんとネコ耳。
「え~、さすがにコレは…」
と渋りつつ、されるがままに装着される。
「ネコ耳ハート眼鏡のオジサン完成~♪ あはは」
と言いつつ、亜栖羽はまたショットして見せてくれる。
「うわ~、もう怪人レベルだよ」
と恥ずかしがりながらも。
(女の子に、こんなふうに弄られるなんて…初めてだっ!)
背中がムズムズするような、凄く恥ずかしいけど、でも嬉しいという、不思議な幸せ感。
「あ、オジサン。コッチのアニメジャケット! オジサン着てみませんかっ?」
ハート柄が沢山あしらわれた、二頭身子猫のピンクジャケットを、亜栖羽はいつの間にやら、手にしていた。
そんなウインドウデートをしながら、屋上に到着。
☆☆☆その②☆☆☆
ステージ前の客席は親子連れが結構いて、既に最前線は埋め尽くされていた。
「あ、真正面は埋まってるね。ちょっと遊びすぎたかな。出遅れちゃったね」
「そうですね~。でも楽しかったですし~♪」
それでも、中央の真ん中より少し後ろという、なかなかの場所に座れる。
ステージの屋根には「キーリングっと! キュリプラ」と書かれた番組ロゴや、キュリプラたちが描かれた華やかな看板が掛けられていて、観客の幼女の中には、キュリプラの服を着ている女の子もチラホラ。
客席の後ろには、ドリンクやスナックなどの売店、動物型カートの周回コースなどがあった。
「あと十分くらいか…亜栖羽ちゃん、何か飲む?」
「あ、それじゃあ私、買ってきます~♪」
と言って立ち上がった亜栖羽は、育郎に飲み物のリクエストを聞いてくる。
「え、いいよ。僕が買ってくるよ」
「いいんです~♪ ココは私が、買ってきたいです~」
「そ、そう? なんか 悪いね…」
申し訳なさを感じつつ、育郎はホットのカフェオレをお願い。
「了解しました。買ってきま~す♪」
トタトタと走り去るジャケット少女を見ているだけで、庇護欲を刺激されてしまう育郎だ。
「な、なんか 落ち着かないのは、どうして…?」
女の子に飲み物を買いに行かせてしまっている自分に、何か罪の意識を感じてしまう、二十九歳であった。
「ただいまで~す。はい、カフェオレ~♪」
「あ、ありがと」
紙カップのカフェオレを受け取ると、亜栖羽は隣に着席。
チラと見た少女のドリンクは、青年と同じ、ホットのカフェオレだった。
(同じ…えへへ)
それだけで、凄く嬉しい。
「あ、お金 払うよ。いくら?」
ゴソゴソと財布を取り出そうとする育郎に、ホットカフェオレを一口飲んだ亜栖羽が答える。
「あ、いいですって~。これくらい、私が出しますし」
「え、でも…」
女の子に払わせるのは、男として格好良くない。と、青年の意識は訴える。
「私が払いたかったんですから~。それに今日は、後でご褒美 買ってもらうんですし~♪」
「ご褒美…ああ」
ご褒美と言われて一瞬だけ解らなかったけど、追試の点数に対するプレゼントだと、思い当る。
「そういえば、テストの結果 教えて貰ってないけど…」
「えへへ、後のお楽しみで~す♪」
「そう? それじゃあ、カフェオレ、ご馳走様」
とにかく、そういうことらしい。
生まれて初めて女の子にご馳走して貰ったカフェオレは、いつもより甘くてちょっと苦くて、でも人生で一番、心が温まるカフェオレだった。
「実は私、屋上のショーを観るの、初めてなんですよね~♪」
「そうなんだ。僕もそう言えば…子供の頃の仮面ライザーショーを、親に連れていって貰ったきりだっけ」
現在も放送中の、令和ライザーが始まる前だったから、昭和や平成のライザーたちが混ぜこぜで、数人と出てくる感じのショー。
「ライザーって、そんなにいっぱい いるんですか?」
「ステージでは十人以上が出てたと思うけど…。僕らの年代は、平成シリーズが始まって数年とか、そんなタイミングだったから–」
なんて思い出話をしているうちに、午前十時。
ステージ前の座席は、主に親子連れで満席になっていた。
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