第三十四話 ムカデール登場
☆☆☆その①☆☆☆
今日の亜栖羽は、パンク系ファッションではなく、育郎に近いファッションだった。
ピンクのシャツに、紅葉柄の軽やかなジャケット。ミニのスカートからは、艶々の腿が根元まで露出している。
右肩に下げられたポーチも小さく、美脚はオーバーニーで、曲線を露わにしていた。
足元は短いブーツで、オーバーニーと同じく、少女自身の好きなアイテムなのだろう。
頭には、つばの広い帽子が乗せられていて、ピンで髪留めされていた。
肩に下げられているのは、小さなポーチだけでなく、やや大きいバッグ。
小柄な少女が肩掛けするだけで、バッグがより大きく見えて、庇護欲が強く刺激をされた。
少女の声に反応した男性たちが、次々に振り向いて、輝くような愛らしさに、目が釘付けにされている。
「オジサン、おはようございま~す♪」
目の前まで駆け寄ってきた少女は、息を弾ませてニッコリと微笑んでくれた。
「おはよう、亜栖羽ちゃん」
周囲の男性たちは、可憐な少女と筋肉巨人の邂逅に、まるでUMAを目撃したかのような信じられない感が丸出しの表情で、凍り付いている。
小さな天使のような少女に、大柄で猛獣のような筋肉青年。
まさかカップルだとは、全く想像できないのだろう。
そんな周囲の、いつもの視線が全く気にならないくらい、育郎は視線どころか意識まるごと、亜栖羽に釘付けであった。
「この間のパンクも可愛かったけど…でへへ」
大きな口が、だらしなく開いてしまう。
その姿は、深海で大口を開けて小魚を誘うチョウチンアンコウも、口を閉じて逃げ出すレベルだ。
つい見とれてしまってから、ハっと思う。
(デっ、デレデレしてちゃダメだっ! まずはちゃんと–)
「きょ、今日の服装も、よく似合ってて可愛いね」
嘘偽りなど一ミクロンもない、しかしベタな称賛しか出なかった育郎。
それでも少女は、頬を染めて喜んでくれた。
「えへへ~♪ この帽子のハートスター、キュリプラシリーズの共通シンボルなんですよ~♪ 子供の頃に パパに買ってもらって、今でも大切にしてるんです~♡」
帽子に着けられた缶バッヂの事らしい。
ちょっと子供っぽい大きさだけど、それもまた可愛い。
「そうなんだ。キュリプラって、シリーズ長いんだね」
と、言いつつ、実は昨日いろいろと調べて、最新シリーズのエピソードもいくつか見て、予備知識はあったりする青年だ。
「はい! でも友達には『子供っぽいから卒業しろ』って、よく言われちゃうんですけどね~。えへへ」
「まあ、趣味って個人の自由だから、いいんじゃない? 僕だってロボ集めてるし」
「そうかもですね~。私たちって、そういうところ 似てるですよね~♪」
と返された「二人は似てる」設定に、思わずドキっとしてしまった。
「そ、そぅかも。あはは…」
(あぁ…亜栖羽ちゃん、どこまでも可愛いなぁ…)
一緒にいるだけで、見ているだけで、心が幸せに蕩けそうだ。
このまま一日中でも眺めていたいけど、そんなロボのフィギュアのようには行かない。
「そ、それじゃあ、デパートに向かおうか。あ、バッグ持つよ」
「わ、ありがとうございます~♪」
預かったバッグは、女の子が持つにはちょっと重たいかも。という感じの重さだった。
☆☆☆その②☆☆☆
向かうと言っても、デパートは駅から徒歩二分。駅前ロータリーを信号待ちして渡っても、開店前に到着。
「わぁ…結構 並んでるね」
デパートの入り口から十メートル程だけど、主に若い女性が並んでいた。
「みんな プリキュラショーを見に来たんでしょ~か? だったら早く行かないと、良い場所 とられちゃうかもですね!」
「ま、まあ、並んで待とうか」
亜栖羽の本気度には申し訳ないけれど、並んでいる女性たちは多分、ショッピング目当てなのでは、と思う。
育郎が知らないメーカーのコスメがバーゲンされる旨の看板が、たてられているからだ。
それでも並ぶと、目の前には小さな子供連れの母娘がいた。
背後の大柄青年を幼女が見上げて、ビクっとなる。
「おかあさんっ、ムカデールがいるっ!」
(むかでーる…?)
幼女の言葉に、母親は慌てて、申し訳なさそうに会釈を見せて、隣の亜栖羽は笑ってしまった。
「あはは、確かに ちょっと似てるかもです~♪」
ムカデールとは、見に来た屋上ショー「キーリングっど! キュリプラ」に出てくる、敵キャラらしい。
「怪人顔? そんなに?」
「ちょっと待ってくださいね…これで~す」
亜栖羽がスマフォで検索して、ムカデールの画像を見せてくれた。
「…う…」
確かに、育郎の顔を黒っぽい緑色に塗って、目を逆三角にして唇を大きくして虫脚のような角を生やして世紀末っぽい衣装を着せれば、似ている。
「っていうか、髪が短い。くらいしか共通点はないと思うけど…」
着ぐるみショーのオリジナル敵キャラだから、育郎の予備知識にも存在しない悪の幹部ムカデール。
ファンの亜栖羽が解説をくれた。
「ムカデールって、悪側の中では一番、体が大きい設定なんですよ~♪ 色も黒系ですし、小さな女の子から見たらそれだけで、ムカデール認定なんじゃないですか~?」
「そうなんだ…じゃあ しようがないね…」
落ち込むようなことでもないものの、相手は小さな女の子でもある。
なんだかモヤモヤする気がするのは、上手く返せない自分に対してなのだろう。
それでも、亜栖羽が慰めるみたいに手を繋いでくれただけで、幸せ感が膨らんできた青年であった。
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