チームとは
九月の引き渡しを目前に、丘の上の純和風喫茶店の工事は、急ピッチで進められていた。
滝川の作業は残すところ僅かとなっていたので、今は、壁や障子の張り替えや、外の駐車場整備の工事が同時進行で進められている。いつもの滝川の仕事場とは打って変わって、賑やかな音にあふれていた。
今日は引き渡し前の確認も兼ねて、不動産会社の
陽人は仮免試験に出かけていたので、丁度今、自力で坂を歩いて登ってきたところだった。汗だくの陽人を見て、笑顔の秋本が声を掛ける。
「おお、陽人君、ご苦労さん!」
「秋本さん、遅くなってすみません」
時々思い出したように、滝川と陽人を飲みに誘ってくれることもあって、陽人も秋本と親しくなっていた。
「今日は午前中自動車教習所へ行っていたんです。いよいよ仮免です!」
「おお、早いじゃないか! 頑張っているね」
「はい」
陽人が到着したことに気づいた滝川が奥から声を掛けた。
「おかえり。どうだった?」
陽人は笑顔でブイサインを出す。
「お! やったな。お疲れ」
嬉しそうに滝川もグッジョブマークを出す。
「今花を植えてもらっているから、後で確認してくれるかな」
「あ、はい。わかりました!」
ボランティアで続けていた草むしりだったが、秋本から正式に庭担当に任命された格好で、結局ガーデニングの話合いにも加えられてしまったのだった。お陰で少し、お小遣いをもらえたので嬉しかったのだけれど。
「いよいよ完成ですね」
「ああ、いい雰囲気になったよね」
秋本は満足そうに室内を見回している。
広い間口の玄関を入ってすぐ横にげた箱が設置されており、顧客は靴を脱いで上がる仕組みになっている。
上がって最初の部屋は広い空間。真ん中に大黒柱を見ながら、右手には檜のカウンター席、奥には海の見える窓辺。無垢材の床は滝川が丁寧に磨き上げたお陰で、艶やかに年月を語っている。ここには椅子席を設ける予定だ。
大黒柱のところまで進んで右手を見ると、広い縁側付きの和室があって、襖で仕切って個室にできるようになっている。もちろん畳。基本的に間取りはほぼ変えていないので、この部屋は元は杉浦夫妻の寝室だった。
こちらの和室、広報担当の
反対の左側の空間は大空間と同じ床材。こちらも部屋を仕切れるようになっていたが、こちらは襖では無く、無垢の引き戸がはめ込まれている。この部屋の海側の窓は大きく、海と庭が一望に見えるので、そこへはあえてソファなどのくつろげるスペースを作る予定になっていた。
メインのトイレ&洗面所はもちろんバリアフリー。玄関も滝川が以前作ったスロープが併設してあり、車椅子でも入店できるようになっている。
和と洋が混在しながらも調和している、落ち着いた空間に仕上がっていた。
陽人は庭に出て、ガーデナーが綺麗に植えた花々を見つめた。
草ぼうぼうだった空間が息を吹き返し、その昔杉浦夫妻が見ていたであろう景色が蘇ったことを感じて嬉しくなる。その過程に自分が加われたことを誇らしく思った。
「秋本さん、確認しました。打ち合わせ通りに完了です!」
「よーし、ありがとう」
3時の休憩時間、外の工事の音が静かになった。
丘の上にあるこの家は、海風が抜けて涼しい。そこに微かな秋の気配を感じながら、秋本と滝川、陽人はくつろいでいた。
「そう言えば、横断歩道と歩道橋って、一緒のところには作れないんですか?」
「やぶから棒にどうしたんだい?」
陽人は慌てたように今日の出来事を軽く説明した。
「今日歩道橋のところで、ベビーカーの人が渡るのに苦労していて。車いすとかベビーカーとかお年寄りの人とかは、歩道橋に登るの難しかったりしますよね。横断歩道が併設されていればいいのになぁと単純に思ったんです。ちょうどそこ、保健センターの目の前だったから、思いついただけなんですけど」
「なるほどね。歩道橋は使えない人もいるよね。陽人君らしい、優しい視点だね」
秋本は嬉しそうに言った。
「いや作っちゃいけないわけではないんだけど、そもそも管轄が違うね」
「そうなんですか!」
「横断歩道は公安委員会の管轄で、まあ警察が窓口だね。歩道橋はかかっている道の道路管理者が窓口だから、国道なら国だし、県道、市道、町道はそれぞれの管轄だね」
「意外と複雑ですね」
「歩道橋と横断歩道、どちらも道を渡る方法だけれど、横断歩道を作ると言うことは、信号が必要な場合が多いよね。そこで車をストップすることになるから、交通渋滞の問題が発生して、作るのが難しい場所もある。そんなところにこそ歩道橋が作られていると思うよ。後、横断歩道は事故が起こる可能性があるけれど、歩道橋なら道の上を通っているから、車が突っ込んでくることは無いよね。小さな子どもが歩くには、歩道橋の方が安全ということもあるね」
「そっか。そもそも管轄も目的も違うと言うことですね」
「まあ、警察庁の交通規制基準の中で、歩道橋があれば、横断歩道は設置しないと明示されているから、両方はいらないだろうと言う考え方なのだと思うけど、でも、併設されているところもあるよ」
「そうだったんですか!」
「色々な状況を勘案して、併設が良いと思われた場合や、地域の人々の要望だったりね。ただ、どちらにしても改めてつくるような場合は時間がかかるね。私の知っている事案では、六年がかりだったよ」
「ふうー、時間がかかりますね」
「だから最初からよく考えてリサーチしてから作る必要があるね。ところで陽人君、君は都市開発みたいなことに興味あるのかな? もしあるなら、俺の会社来るかい? うちも町の不動産屋さんだけじゃなくて、もう少しこの町自体を盛り上げるような開発に挑戦してみたいと思っているんだよね。うちで勉強しながらチャレンジしてみない?」
秋本社長の温かい申し出に、陽人は深く感謝した。でも、そのまま、はいと答えられない自分がいることを感じた。
「ありがとうございます。こんな俺のために、もったいないお話です」
そこで、一旦言葉を区切ると、少し考えて……それでも思い切って言葉を続けた。
「実は、最近ちょっと思ったんです。一つの事柄を推し進めて行く時って、同じ立場の人だけでは進まないですよね。この家だって、滝川さんみたいな大工さんだけでは出来上がらないわけで、秋本さんのように、顧客と家を繋ぐ人や、この家を買ってくれるお客さん、壁職人さんに、電気技師、ガス工事に水道工事、駐車場やガーデニング、たくさんの専門家が集まって、初めて出来上がるんですよね。そう考えたら、同じ職業じゃないけど、みなさんと協力できる仕事に付けたらいいなぁと」
「おお! 陽人君、良いところに目を付けたね。その通りだよ。チームって奴だね」
秋本は感心したように手をポンと叩いた。
「すみません。折角凄く有難いお話をいただいたのに、こんなお返事してしまって」
「いやいや、むしろ嬉しいよ。心強いこと言ってくれたからな! なんか楽しみになってきたな」
陽人は深々と秋本に頭を下げると、真剣な顔で考え始めた。
俺にできること……滝川さんや秋本社長と協力できる仕事。でも違う立場、違う角度から関れる仕事って、一体なんだろう?
そんな陽人の様子を、缶コーヒー片手に滝川が、優しく見つめていたのだった。
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