Episode 2 海を見つめる大黒柱

日曜の外出

 日曜日の朝食後、牧瀬陽人まきせはるとはぼーっと考え事をしていた。 

 今日は朝から穏やかに晴れて洗濯日和だったので、さっきベランダに干し終わったところだった。

 風がさわやかで気持ちがいい。

 

 ハローワークからの電話で、いくつかレストランのアルバイトの面接の話が来ていた。今までの経験を生かすと言う意味では、一つの選択肢だと思う。

 けれど、陽人は改めて、自分はどんな仕事がしたいのだろうと思った。

 

 高校を卒業した時は、兎に角、住むところの確保が最重要だった。何の仕事をしたいとか考える余裕もなく、条件の良いところで雇ってもらえたら、それだけで十分だった。

 でも、今は住むところがある。失業保険も、倒産による解雇なのですぐ支給されることが決まった。ならば、この際慌てて決めるよりも、じっくり考えてから決めても良いのでは無いかと思えたからだ。

 自分はそんなに器用なタイプでも無いし、今回のことで安定した職種につくことの大切さを痛感した。それに、一生この家に間借りできるはずもない。いずれ、滝川にも家族ができるだろう。自活できるような仕事につかなければ……


 その時、扉をノックする音が響いて、滝川が顔を出した。

「陽人、俺、ちょっと出てくるからな」

「あ、はい」

 答えながら陽人は、唐突に野次馬根性が沸き上がった。


 休みの日の滝川さんって、どんな事して過ごしているんだろう?


 いつもなら、他の人のプライバシーに踏み込もうなどと考えたこともない陽人が、珍しく積極的になった。

「滝川さん、俺も一緒に行ってはだめですか?」

「別にいいけど……面白いところに行くわけじゃないぞ」

「いいです。どうせ暇なので」

「んじゃ、車に乗っていてくれ」


 軽トラの助手席に座ってから後悔し始める。


 やっぱり図々しすぎたかな……


 降りかけたところに滝川が乗り込んできて、直ぐに出発した。


「そう言えば陽人、お前運転免許は持っているか?」

「いえ、そんな余裕は無かったので」

「慌てて仕事探さなくていいんだからな。まあ、無理にとは言わないけど、免許はあると便利だな」

「そうですよね。ありがとうございます。失業保険ももらえることになったし、少しゆっくり仕事探しをしてみようと思っているんです。だから、思い切って、教習所に通って免許を取ってしまうほうがいいのかも」

 陽人は、滝川の心使いに感謝した。


 滝川さんて、言い方はぶっきらぼうだけど、ほんとによく気が付く人なんだよな。


「それと……敬語、いらないから」

 ぶっきらぼうに拍車がかかった口調で、ぼそりと滝川が付け加えた。

「あ……でも、滝川さんの方が年上だし。なんか先輩って感じで落ち着くから、このままでいいですか?」

「……お前がそれでいいなら別にいいけどよ」


 軽トラは町中から少し外れた方向へ進んだ。住宅街がまばらになり、ところどころ畑が広がる中に、三階建ての大きな建物が見えて来た。

 入り口に『清光園』と書かれている。


 滝川さんの出かける予定って、老人ホームだったんだ!


 陽人は思ってもみなかった行き先に驚いた。

「あの家の持ち主だったばあさんがここにいるんだ」

 滝川の言葉に、更に驚きが深くなる。


 え! あの家って、滝川さんが今改築している日本家屋の事だよな。

 滝川さん、わざわざ訪ねてあげているんだ! そう言えば、子供がいないって言ってたし、滝川さんのおじいさんとお知り合いって言ってたし。

 

 滝川さんらしいな……と陽人は思った。

 普段は口数が少なくとっつきづらい雰囲気なので、他人との関りを拒んでいるかのように誤解されやすい。

 でも本当は、人との縁をものすごく大切にしている人なんだと気づいた。


 あ、だから俺も拾ってもらえたのか!


 なぜ滝川が、見ず知らずの自分の事を受け入れてくれたのだろうと不思議に思っていたが、陽人は急に答えを見つけたような気分になり、ほっとした。

 そんな陽人の様子に気づいていない滝川は、車を停車させながら説明を続ける。

「家の進捗状況の報告もあるしな」

 そして言いづらそうに、

「陽人……ばあさんは、ちょっと認知症があってな。俺の事を、旦那と思っているみたいなんだよ。だから、話を合わせてやってくれないか」

「旦那さんって、そのおばあさんの亡くなったご主人の事ですよね」

「ああ」

「わかりました!」

 即答する陽人に顔を向き直ると、「ありがとな」と一言。

 そしてさっと車を降りて行った。

 


 受付で名前を書くと、奥の職員の女性が声を掛けてきた。

「滝川君、今日も来てくれたの! いつもありがとう。杉浦さん、あなたが来ると喜ぶからね。良かったわ」

 職員に顔を覚えられるくらい頻繁に、滝川はそのおばあさんを訪ねて来ていたのだと陽人は思った。


 スリッパに履き替えて、三階の杉浦おばあさんの部屋へと向かった。

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