祖母の想い
滝川の言った通り、色々な手続きはとても大切だと陽人は実感した。
次の日は、賃貸契約書にサインをして、役所へ住民票を出しに行った。
秋本社長のアドバイスで、職業安定所へ雇用保険の申請も済ませた。
住民票を出すことで、就職活動も進めやすくなるし、雇用保険の申請をしておけば、仕事がすぐに決まらなくても、保険の支給が決まればしばらくは生活できる。
社会制度を知ることは大切なんだと改めて思ったのだった。
倒産して放り出されたとはいえ、雇用保険に加入させてくれていたレストランに、少しだけ感謝の気持ちが沸いた。
就職活動をしながら、時間のある時は滝川の仕事場の雑草抜きをする……そんな『滝川木工店』での生活に慣れ始めた頃、滝川が遅くなってすまなかったと言いながら、陽人のオルゴールを持って来た。
滝川が夜の睡眠を削って、オルゴールの修理をしてくれていたのを知っていたので、陽人は申し訳なく思った。
「滝川さん、忙しいところありがとうございました!」
心を込めて礼を言うと、
「まあ、見てくれ」
と言って差し出した。
滝川の手の中のオルゴールを見て、陽人の心が震えた。
これが、ばあちゃんが見たオルゴールだったんだ!
これこそがばあちゃんが憧れた物だったんだ!
まるでタイムスリップしたような不思議な錯覚を覚えた。
陽人がオルゴールを始めて見た時は、もうすでに煤けて汚くなっていた。だから母親が、これは家宝だと言った時、全然そんな風に見えないと思ったのだった。
そして、ついこの間まではそう思っていた。
でも、今目の前にあるオルゴールは、ピカピカに磨き上げられ艶やかな光沢を放っていた。美しい花と葉の模様は繊細で、滝川がどれだけ神経を集中させて一つ一つ磨き上げたのかを物語っている。
「このオルゴール、こんなに綺麗な物だったんですね!」
「中も見てくれ」
促されて蓋を開けると、宝石入れの仕切りは、美しいビロードの生地に張り替えられて高級感が増していた。
いや、多分、買った時と同じくらい綺麗になったと言う方が正しいだろう。
ばあちゃんは、初めてこのオルゴールを見た時、あまりの美しさにどうしても欲しくなってしまったんだと母さんは言っていた。
なけなしのお金をはたいて買ったけれど、結局中に入れる宝石を買う余裕は、ばあちゃんにも、かあさんにも無くて、ずっと空っぽのままだった。
けれど、確かにこんなに美しいオルゴールだったら、これだけで家宝に違いない!
『星に願いを』のメロディーが流れ始めた。が、音の途切れはそのままである。
「音の方は専門で無いから、まだ直せて無いんだ。今度誰か探してやるよ」
「いえ、音はそのままでいいです。音まで新しくなっちゃったら、母さんたちの生きてきた年月が消えちゃう気がする……外側はばあちゃんが好きだったオルゴールの輝き、多分母さんも好きだったはず。でも音は年月を感じさせる壊れかけた音、その組み合わせが最高です! 時がたったから、この音がある……それでいいです」
「お前、凄い事思いつくな」
滝川はちょっと意外そうな顔をして笑った。
初めて笑顔を見た!
それはとても温かい眼差しだった。
釣られたように、陽人も笑う。太陽のような明るい笑顔で……
古い物を慈しみ生かす心は、今と昔を繋いでくれる。
時には古の人々の見た風景を感じつつ、時には作った人の思いを感じつつ、手の中の品を使う。
本当の豊かさって、こういう事を言うのかも知れない……
祖母と母の思いに気づかせてくれた滝川に感謝しつつ、陽人はもう一度オルゴールのねじを巻いた。
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