墓参り

 その日、滝川はようの墓参りをしていた。ようの命日だったからだ。

毎年の事なのだが、滝川は朝早く、まだ家族やあかねが来る前に墓参りを済ませていた。

 灰色の墓石の周りを綺麗に掃除して、持ってきた白いトルコ桔梗の花を生けて、線香を手向ける。

 陽との別れは、本当に突然だったから、今も滝川はそれを受け入れられてはいない。墓参りには来ているが、あくまで儀礼的なものだ。

 滝川にとって陽は、今も心の中で生きているのだから、墓石に語り掛けるようなことはしない。そんなことをする意味は無いと思っていた。

 ようやく昇ってきた太陽の光が、墓石を照らした。

 滝川は太陽を見つめた。今日も一日が始まる。

 

 ふと、陽と出会った時の事を思い出した。


 ようとの出会いは、小学校一年生の時だった。

 入学式の後、教室に移動して出席番号順に座る。滝川葵たきがわあおい竹内陽たけうちようだったから、たまたま前後して並んだ。その時は、前の席も後ろの席も女の子でつまらないなと思ったくらいだった。

 だが、次の日自己紹介をして、事態が少し変わった。

『あおい』という名前は、実は女の子に多い名前らしいと気づいた。クラスの男子連中が、滝川の事を、女の子とバカにするようになった。滝川自身は体も大きいほうだったし、運動神経も良かったから、いざとなったらボコしてやる! くらいに考えて、そう言う連中を睨みつけていただけだった。

 だが、どうも後ろの女の子も、色々からかわれているらしいと気がついた。

 自分も名前のことで色々言われて嫌だったから、その気持ちがわかると思った。何とかしてやりたいとも思った。


 ある日の放課後、いつもの男子三人組が、後ろの女の子をからかいに来た。

 今だ! と思った滝川は、

「お前ら! それ以上言ったらぶん殴るぞ!」

 と言って拳を振りあげた。

 予想外の力強い怒鳴り声に、からかっていた男の子三人組は、

「なんだお前! カッコつけて!」

 と言いながらも、一目散に逃げて行った。

 殴る前に逃げて行ってしまったので、振り上げた拳がちょっと格好悪いと思って、慌てて腕を下ろすと、からかわれた方の女の子は、目を潤ませて立っている。


 うわ! 泣きそうだ!


 どうしてよいものか焦った。何か言ってあげなければいけないと思った。

「お前のようは、太陽のようだ! だから、太陽みたいに明るく笑っていりゃあいいんだよ!」

 女の子は驚いたように目を見開いた。そして、なるほど! と納得したように頷いた。

 そして次の瞬間……


「分かった! ありがとう」

 とびきりの、本当に太陽みたいな笑顔で笑ったのだった。

「じゃあ、あおい君のあおいは、青いお空の事だね」


 青い空って……俺の字は青じゃなくて、花の名前だ!


 そう思ったけれど、陽に言われるとなんとなくそれでいいかと言う気分になって、滝川は頷いた。


 今考えると、きっと俺は、陽に一目惚れしたんだな……


 次の日、陽が滝川に聞いてきた。

「ねえ、これからあおい君のこと、『あおくん』って呼んでいい?」


 こいつ、まだ勘違いしているのか。


 そう思ったけれど、今度もやっぱり、まあいいかっという気分になって、

「別にいいぜ。」

 と頷いた。


 こうして、滝川は『あおくん』になったのだった。

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