陽の両親

「滝川君、今年もお墓参りに来てくれたのね……」

 ようの母親は目を潤ませた。


 陽が入院していた時は、茜と一緒に毎日お見舞いに来てくれていた。一見ぶっきらぼうで、怖そうに見えるけれど、実は礼儀正しい控えめな青年だった。

 陽の大切な友人だと言うことは分かっていた。直接話をした機会は少なかったけれど、多分彼氏だったのかな。

 でも、陽がこの世を去って、両親の落胆は激しくて、その後疎遠になってしまった。

 もう、陽の事は忘れてくれてもよいのに、こうして毎年、ひっそりと墓参りをしてくれていることに、心から感謝していた。


「茜ちゃんも、いつもありがとうね」

「そんな! 私が来たいから付いて来ているんだから、おばちゃん気にしないで」

 墓参り以外でも、世話焼きの茜は二人の事をほっておけなくて、時々顔を出しては無駄話をしていた。

「茜ちゃん、実はね、ここでのお墓参り、今年で最後になってしまうのよ……」

「え! どうして? おばちゃん」

「私たちもこれから歳取っていくし、郷里の徳島に帰ろうと思ってね」

 陽の両親は仕事の関係でこちらへ来ていたが、元々は徳島の出身だった。関東には頼れる親戚もいないので、ゆくゆくは郷里に帰って老後を過ごしたいと考えていたのだ。


「いつ? いつ引っ越しなの?」

「今月の終わり。お墓も徳島に移す予定だから、このお墓はお寺さんに返すのよ」

「今月って、後三週間くらいじゃん。おばちゃん、急すぎるわ」

「ごめんね。今まで茜ちゃんには、本当にお世話になったのに……これから会えなくなっちゃうね。本当にごめんね」

 一回り小さくなった陽の母親の肩を抱いて、茜は涙を堪えて左右に首を振った。



 いつも通り墓参りを済ませた後、茜は気になっていたことを思い切って聞いてみた。

「おばちゃん、引っ越す時、陽ちゃんの荷物はどうするの?」

「少しは持っていくけど、大きな家具とかは思い切って処分しようと思って……」

「え! じゃあ、あの机も捨てちゃうの?」

「そ、そうなるわね……」


 茜が『あの机』と言ったのは、陽の部屋にある勉強机の事だった。

 小学校入学と同時に購入したもので、できるなら大きくなっても使える物をと考えた末に、両親は無垢材でできた立派な机を購入した。

 お姫様みたいな可愛らしい机がいいなと思っていた陽に、当時は不評だったが、でも優しい陽は、その後大切にそれを使い続けていたのだった。


 茜と陽は家が近くて、毎日のようにお互いの家を行き来していた。

 だから陽のその机は茜の机でもあり、二人で一緒に並んで座って、お絵かきをしたり、お菓子を食べたり、宿題をしたり、受験勉強をしたり、時には恋バナしたり……成長を見守ってくれていた存在でもあった。

 陽が亡くなった後、両親は陽の部屋を生前のままに、大切にしていた。

 毎日掃除していたことを茜は知っている。


「おばちゃん、あの机は持っていったらいいのに。何かに使えるかもしれないよ」

「……でも、大きすぎるし。使う人もいないから……」

 陽の母親は辛そうに目を伏せた。


 おばちゃんも迷っているんだ……


「じゃあ、私がもらってもいい?」

「え? 茜ちゃんがもらってくれるの?」

 陽の母親がほっとするように声をあげた。

「うん、今度車で取りに行くからね」

「分かったわ。ありがとう……」

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