ミッキーと写真
入り口ゲートを入って直ぐに、茜はスプラッシュマウンテンのファストパスを取るためにアプリの操作を始めた。同じような目的の人が沢山いて、結構入り口付近が混みあっている。
高校生男子三人は、その合間を抜けて、足早に真っすぐ進んで行く。
大人組は茜と共に立って待っていたが、女の子たちは、早速ワールドバザールに吸い込まれて行く。お店の中を覗いては、お土産何にしようかと考えているようだ。
「やったー! 九時からのファストパス GET!」
茜がガッツポーズを取ると、良平が笑いながらはいはいと頷き自分の携帯に手をかける。
「茜、お疲れ。後は樹たちの結果はどうかな?」
タイミングを見計らったかのように、着信音。
「良平兄さん! 俺たちすげえ早く着いて、後十mくらいでミッキーの家に入っちゃうよ。みんな早く来てくれよ!」
「おお! お疲れ!わかった直ぐ行くよ」
良平兄さんって、樹の奴、もう手懐けられてる感じだな。
滝川が思わず笑った。本人でさえ気づいていないようなその笑顔を、パークの写真を撮るふりをしながら、こっそり陽人は写真に収めていた。
今日はきっと
笑顔がいっぱい撮れるといいなと思っていたのだ。
三人娘も拾って、大急ぎでミッキーの家まで歩いて行く。
と言っても、ミッキーの家のあるトゥーンタウンと言うエリアは、ディズニーランドの中でも一番奥のエリア。歩いていくだけでも、結構時間がかかる。
三人男子がミッキーの家の玄関付近でヤキモキしているところに、ようやくみんなが到着した。
「間に合わなかったらどうしようって、焦ったぜ」
樹が茜に愚痴をこぼす。
「三人とも、ありがとう! 期待以上にがんばってくれたわね」
茜はにっこり満足そうな笑みを浮かべてお礼を言う。
「お前の姉ちゃん、怖えーな」
翔太が小声で樹に囁く。
「怖えーだろ」
樹は分かってくれた喜びに、思わず無防備に嬉しそうに頷ずいたが、茜の殺気を感じて震えあがる。
その時三人娘が三人男子にお礼を言った。
「ありがとうございました。暑かったですよね」
三人男子は急に嬉しそうにいやいやと手を振る。
氷の呪縛から一転、一気に春がやってきた。
ミッキーの家に入ると、たくさんの生活用品で溢れている。そのところどころに隠れたミッキーを幾つ見つけられるかと、三人娘は盛り上がっていた。
ミッキーの衣装部屋には、不思議な鏡が。そこにも、ミッキーの姿を見つけて、三人男子は一緒に写真を撮れるかと頑張ったりしている。
そしていよいよ、ミッキーとの記念撮影の部屋が近づいてきた。
キャストの人が気を配って案内してくれたお陰で、十人一緒に同じミッキーの部屋へ。
しかも十人だけで入れてくれたのだ。
おかげで、女の子だけ、男の子だけ、大人だけ、全員でといくつかのパターンで写真を撮ってもらうことが出来た。
滝川と陽人は初めての経験。しかもディズニーランドに入ってすぐのアトラクションがミッキーとの写真。朝一番ということもあって、二人の表情が硬い。
大人組だけでの撮影の時のこと。
「ほらほら、葵も陽人君も、笑顔笑顔!」
茜が声を掛けながら、滝川に写真立てを渡す。そこには陽の写真が。
「これどうすんだよ?」
「陽ちゃんも一緒なの!」
「そっか」
「そっかじゃないわよ。持つのは葵よ!」
「えー」
滝川は複雑な表情になる。
写真を持って写るなんて無理だ。そんなこと、こっぱずかしくてできるか! と思う。でも、元々は陽の夢をかなえたくてここまで来たんじゃないか。
いやでも……
一人で葛藤している様子が丸見えである。
「樹! ちょっと、葵の体くすぐってやって」
「へ?」
樹が茜の無茶ぶりにたじたじとなる。
「お兄ちゃん、ほら笑って笑って」
みちるが気づいて滝川の側に駆けて行くと、ほっぺをつつく。それをうるさそうにかわしながら、
「やっぱり、茜が持てよ! ······頼む」
滝川は思い余ったように、茜に写真立てを押し返した。そして両手をポケットに突っ込んでしまった。
茜もそれ以上は無理にとは言わなかった。
何より無理だと分かっていたのは、茜の方だったから。素直に受け取ると、
「やっぱ、親友の私の役目か。でも、その代わり、笑いなさいよ!」
「笑えって言われても……」
滝川の顔はなんとも情けない顔になっている。
その時、ミッキーが滝川の肩をぽんぽんと叩いてくれた。
「さあ、夢の世界へ!」
まるでそう言ってくれているかのように……
滝川の顔が、ぎこちないながらも笑った様な顔になった。
おしい! 後一息!
一連の状況を見ていた陽人は、自分のことそっちのけになって、滝川を笑わせる方法を考える。
カメラマンが四人に声をかけ始めた。
「はーい、じゃあ皆さんこちら見てくださいねー」
三人男子は、大人組を笑わせようと変顔をしている。
三人娘も手を降ったりして盛り上げる。
それにもなかなかうまく反応できない滝川に、陽人が囁いた。
「滝川さん、陽さんなら今頃ミッキーに抱きついてるかもしれないですね」
「確かに! あいつなら抱きつきかねないな」
想像した滝川が、思わずふわっと笑う。
それを見た陽人も笑う。
パシャパシャパシャっと、カメラが光った。
その後、総勢十人の集合写真も撮ってもらい、ミートミッキーは無事終了となった。
夕方、受け取りに行った写真を見て、茜は驚いたように、でも嬉しそうに呟いた。
「葵もやればできるじゃん」
そこには、柔らかい自然な笑顔の滝川の姿があった。
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