お泊り

 ディズニーランドに夜の帳が下りると、今度は光のセレモニーが始まる。

 エレクトリカルパレードの光、シンデレラ城に映し出される映像、最後には花火。

 光の波の中で、お互いの顔を見つめながら話す。

 夜の暗闇は解放感を感じさせ、光は高揚感を感じさせ、みんな、ちょっとだけ素直に語り合い、親しくなっていった。


「加恋ちゃん、さっき凄くカッコよかったよ。なんか看護師さんみたいだった」

 陽人を介抱する加恋の姿を思い出して、由奈が素直に賛辞を述べる。

 みちるもうんうんと頷くと、加恋は恥ずかしそうに、

「たまたま知っていただけだよ」

「私なんて、普段あーだこーだよくしゃべるけど、いざと言う時弱いんだよね~」

「由奈ちゃんがいつも私たちに声をかけてくれるから、一緒に色んなことできるんだよ。ありがとうね」

 みちる達三人は、嬉しそうに肩を抱き合った。


「さっき翔太さぁ、人の悪口言わないようになりたいみたいなこと言っていたけどさ、俺、翔太が悪口言っているの見たことないぜ」

 樹がおもむろにそう言うと、

「俺もそう思う。自虐ネタは言うくせに、他の人の事はいい事ばかり言うよな」

 やまとも即座に同意する。

「そうかなー。まあ、基本みんなに笑ってもらいたくて、面白い事出来たらいいなって思っているからな。他人の悪口言って、面白いわけないしな」

 翔太は嬉しそうな照れ臭そうな顔をしている。


 そんな高校生たちの様子を見ながら、良平が感慨深そうに口を開く。

「みんないい友達に巡り合えて良かったな。そのままの自分を受け入れてくれる友達、喧嘩しても大丈夫と思える友達に出会えることは、奇跡に近い確率だよな。本当に幸せなことで大切にしないといけないよね」

 滝川と良平の目が合う。二人で頷き合った後、滝川はゆっくり視線を動かして行く。順番に茜、陽人へ。

 茜と陽人の嬉しそうな瞳と出会い、釣られて滝川も優しい笑顔になった。

 

 一方の良平の視線は、陽人から茜へ。


 見つめ合う良平と茜に気づいた滝川は、思わず心の中の陽へ語りかける。


 陽! お前が言っていた、とろけるような顔の良平……今俺の目の前にいるぜ。ようやく二人もゴールインできたみたいだな。お前も安心しただろう。本当に良かった……

 

 満足げな笑みを浮かべながら懐中時計を確認すると、みんなに声を掛けた。

「そろそろ花火が始まるぞ」



 楽しい時間はアッと言う間に過ぎて、ホテルへと場所を移した。

 でも、みんなにとっては、ホテルでのお泊りもワクワクの時間である。

 由奈の予約してくれたホテルは、夢の続きに相応しい素敵なホテルだった。

 高校生たちは、男女別に三人ずつ廊下の突き当りの部屋に。

 樹たちの部屋の隣に、茜と良平、みちるたちの部屋の隣に滝川と陽人の部屋。



 先にシャワーを浴びたので、陽人はベッドに寝転がって、うつらうつらしていた。

「疲れたー。でも、楽しかったー」

 心地よい疲れを感じて、ベッドに沈みこんでいく感覚を味わっていた。


「陽人さん!」


 あれ? みちるちゃんの声が聞こえる。俺夢見ているのかな?やばいな。夢の中に女の子が出てくるのって初めてだ!


「陽人さん、もう寝ちゃったのかな?」

 陽人は夢の続きを確認するような気持で、ふっと目を開けたのだが、目の前に本物のみちるを見つけて、飛び起きた。

「あれ? みちるちゃん? どうして? ここは? 俺はどこにいるんだ?」

「陽人さん、起こしちゃってごめんなさい。ここは陽人さんとお兄ちゃんのお部屋ですよ」

「そうなんだ……って、なんで、どうやってこの部屋に来たの?」

「ここ、コネクティングルームになっているんです。だから、ドアで繋がっているの」

「へ? そうだったんだ!」

「お兄ちゃん、シャワー中だね。あ、でも丁度良かったかも。私、陽人さんにお礼を言いたかったんです」

 みちるは陽人のベッドの淵に座ると真剣な表情で言った。

「お礼?」

「はい。お兄ちゃん、最近、明るくなったなあと思って。前はずっと寂しそうだったんです。でも、最近楽しそうで。きっと、陽人さんのお陰だなと思って。だから、ありがとうございます」

 みちるはそう言うと、陽人に丁寧に頭を下げた。


「そんな、みちるちゃん、お礼を言うのは俺のほうなんだよ。いつも、今日だって、滝川さんに助けられてばかりだよ」

 陽人は慌てて手を振る。

「それに、みちるちゃんにも今日はたくさん励まされて……ありがとう」

 陽人が心の底から礼を言うと、みちるは恥ずかしそうに頷いた。


「でも、そう言ってもらえて、凄く嬉しいよ。みちるちゃん、本当にお兄さんのこと、大好きなんだね。こんな優しい妹がいて、滝川さん幸せだな」

 みちるは照れたように下を向いて、足をブラブラと揺らし始めた。

 みちるが足を上下させるたびに、ベッドに振動が伝わってくる。

 陽人は起き上がった姿勢から、胡坐をかいて座り直した。

「陽人さんって、すっごく優しいですよね。絶対女の子にもてますね」

「え? そんなことないよ! いやー、そんなこと言われたの初めでだよ」

 足を止めたものの、下を向いたままのみちるの言葉に、陽人は思わず真っ赤になった。

「私も、陽人さんみたいな人いいな~って思うもん」


 え? それはどういう……



「おい! みちる、こんなとこで何してんだ?」

「あ、お兄ちゃん!」

 シャワーから出てきた滝川が怪訝そうに声をかけると、みちるはニコニコして立ち上がって答えた。

「コネクティングルームだから!」

「え? 繋がってるのか?」

 滝川の顔が即座に引きつる。

「おまえ、ちゃんと向こう側から鍵かけろよ。それとも、こっちからかけるか」

「いざという時のために、お兄ちゃんは開けておいて。こっちで絞めておくから」

 みちるは面白そうな顔をしながら、兄の反応を見ていた。


「ところでね、おにいちゃん……あのね、まだ鈴音ちゃんから返事きて無いの」

 滝川は髪を拭く手を止めると、みちるの目を見ながら尋ねた。

「……いつ頃出したんだ?」

「十日くらい前」

「テストとかで時間が無いのかもしれないぞ」

「そうだね……」

「出かけていて、まだ受け取っていないとか」

「そうだね……」

「もう少し待ってみれば」

「うん……」


 寂しそうな顔のみちるの頭を、わざと乱暴にガシガシと撫でながら、

「でも、頑張ったんだな」

「うん、頑張って書いたよ」

 みちるも滝川にされるがままに頭を揺らしながら頷いた。


「鉛筆立て、仕上がっているから、帰ったらいつでも取りに来ればいいよ」

「うん。ありがとう! お兄ちゃん」

 みちるは頷くと、陽人の方へ視線を戻し、

「陽人さん、おやすみなさい。お兄ちゃんも、おやすみなさい」

 踊る様に軽やかな足取りで、コネクティングルーム用のドアの向こうへと消えて行った。カチッという鍵の音を聞いて、滝川がほっとした顔をする。

 陽人はさっきの言葉は、なんだったんだろうと思いながら、固まった顔をパンパンと手のひらで叩いた。


 深い意味は無いだろうな……純粋に褒めてくれただけだろうな。


 でも、女の子に褒めてもらえることって、格別に嬉しいもんだなと思ったのだった。


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