いつでも高校生のように

 相も変わらず、茜の情報は完璧であった。

 パレードのフロートが止まる位置や、キャラクターが躍る場所などを調べていてくれたので、間近で良く見ることができた。

 明るい音楽に心が躍り、シンデレラ城をバックに、シャボン玉が雪のように舞い、まさに夢のような光景が広がっていた。

 

 先ほどまでの悲しく暗い雰囲気とは打って変わって、みんなが一気に盛り上がる。

手拍子をしたり、手を振ったり、一緒に写真を撮ろうと構えたり。


 そんなみんなの様子を見て、陽人は一人ほっと安堵する。自分のせいでみんなが暗い気持ちを引きずらなくて良かったと思ったのだ。

 滝川は横目に、陽人のそんな様子に気づいていた。


 パレードのフロートが中央の広場を抜け終わる少し前に、茜は次へと動きだした。

 いよいよ、プーさんのハニーハントへ。はちみつを探しに絵本の世界へ旅するほのぼのとしたアトラクションだが、ライドの動きが不規則なので、面白い。

仲間同士で続くライドに乗っても、遠のいたり近づいたり。

 今回もファストパス専用入り口から入れたので、アッと言う間に順番が来て楽しむことができた。

 

 一つのファストパスを取得すると、次のファストパス取得までに2時間の時間制限がある。そこで、茜は制限時間を経過後直ぐに、次のアトラクションのファストパスにチャレンジしていたのだが、流石に混んでいて取得ができなかった。そこで、ここからは、アプリで待ち時間表示を確認しながら、できるだけ多くのアトラクションにチャレンジすることになった。

 

 丁度歩いている方向にアリスのティーパーティーが見えてきた。

 幸い待ち時間表示が二十分と出ている。

「ラッキー! 今がチャンス!」


 列に並んでいる間、陽人は先ほどの立花たちばなとの出会いが、頭から離れなかった。

 みんなの手前、カラ元気を出してなんでもないような言い方をしたが、やはりあの時は辛かったなと改めて思う。

 

 高校に入学して間もなく、母親の癌が見つかった。母子家庭の陽人達家族にとっては働き手を失う上に、入院費用までかかる。途方も無く苦しい出来事だった。

 陽人は初め、高校を辞めて働こうとした。けれど母親が、高校だけは卒業して欲しいと涙を流して願った。だから、奨学金を得て学校を続けることにしたのだった。

 自分が学校に通って頑張っている姿が、母親の闘病を支えてくれたら……そんな思いもあった。

 貯金は瞬く間に少なくなっていく。陽人はできる限りアルバイトを入れていたが、高校生のできる仕事は少なく、時給も低い。けれど、アルバイト先のコンビニの店長が良い人で、時間の融通を利かせてくれた。

 また、近所の役所に勤めていた人が、役所で申請できる手当などの相談に乗ってくれて、助かったことも思い出した。

 助けてもらったから今があるんだなと思った。


 けれど、自分の高校生活を思い出すと、何も無い。

 楽しい思い出もなく、会いたいような友達もいない。

 本当に、つまらない時期だったと思う。

 みちるたちのような、キラキラした青春なんて、どこにも無かった……


 アリスのティーパーティーは、オーソドックスに、座ったカップがくるくる回る乗り物だ。高校生たちは、それぞれ男女別々に、陽人達大人組は一緒のカップに乗った。

 ブザーが鳴ってカップが回りだす。

 すると、滝川が真ん中のハンドルを持って動かそうとした。

 すかさず茜もハンドルを掴む。

 二人で子どものようにハンドルを取り合うので、ハンドルが右へ左へくるくる回る。ティーカップも合わせて、右へ左へ不規則に回る。

 くるくるくるくる。

「二人とも、直ぐに張り合うところ、変わって無いなー」

 良平は暢気にそう言いながら、スマホで動画を撮っている。


 良平さん、こんな揺れる中での撮影ってあり得ないから!


 陽人はびっくりしつつも、だんだん頭がくるくるしてくるのを感じた。

 くるくるくるくる。

 寂しい高校生活と立花のことが頭の中で堂々巡りをする。

 くるくるくるくる。


 あれ? なんかぐらぐらする。


 陽人は思わず目を瞑った。


「二人ともストップ!」

 良平の切羽詰まった声に、二人がハンドルを手放す。

「陽人君の様子がおかしい!」

「陽人!」

「陽人君!」


 ぐったり目を回している陽人を滝川と良平が挟むようにしてカップから降りた。

 すぐ近くの椅子に腰かけさせて、茜が慌てて団扇で風を送る。

「ごめんね、陽人君」

 茜が申し訳なさそうに謝る。

「悪い、陽人」

 滝川も心配そうに声をかけて支える。

 涼しい風に、少し気分が落ち着いてきたが、まだ目を開けるとぐるぐるするので、開けていられない。


「大丈夫?」

 みんなが心配そうに見ている気配を感じる。陽人は情けなくなった。

 こんなことで酔ってふらふらになるなんて、情けないな。

 みんなにまた心配かけて……


「陽人さん、ちょっとごめんなさい」

 その時、いつもは控えめな加恋が、毅然とした雰囲気で駆けよって目の前にしゃがむと、陽人の手を取った。陽人はいきなりの事に、今度は心臓までドキドキしてしまう。思わず目を開いて、また閉じる。


 え! なんだろう?


「陽人さん、ここ押すと良いんですよ。ツボマッサージです。私も三半規管が昔から弱くて、いつもここを押していたんです」

 加恋はそう声をかけると、自ら陽人の左右の親指と人差し指の間を押してくれた。

 確かに、ちょっとスーッとする。

 周りでは、翔太がちょっと複雑な表情をしている。実は加恋に一目ぼれしたらしい。加恋ちゃん優しいいい子だなーと思う反面、陽人と交替したい衝動に駆られて悶々としている様子。

「ふーっつ。ありがとう。楽になったよ」

 陽人はようやく目を開けて、加恋にお礼を言うと、加恋は恥ずかしそうに微笑んだ。


「あっははは!」

 突然の笑い声に、「え!」っとみんなが声の主を見る。

「悪い、陽人! 俺、本当にガキだな。こいつらといると、昔に戻っちまう。ついむきになってしまうな」

「お兄ちゃん、最低!」

「いやいや、だから、悪かったなと思って」

 滝川が柔らかい表情で笑っている。

「大丈夫です。もう落ち着きました。こんな乗り物、俺初めてだから、ちょっと酔ってしまっただけです」

「ディズニーランドは夢の国なんだろ。じゃあ、なんでもありな世界ってことだよな。じゃ、俺はこれから高校生だ」

「えー! 陽人さんなら、高校生で全然違和感ないけど、お兄ちゃんは無理あるなぁー」

 みちるが即座に異論を唱える。

「お前の目は節穴か! こんなカッコいい高校生はいないんだよ」

「何言ってるの! カッコいい高校生は陽人さんのほうだよ!」

 むきになって言い張るみちるに頷きながら、滝川が陽人に向き直った。

「だってよ! 陽人、お前の方がカッコいい高校生だって。でも、俺も負けないからな。一緒に弾けたことしようぜ!」

 陽人は目を見開いた。


 そっか……大人になったからって、はしゃいじゃいけないわけでは無いんだ。大人になったって、楽しめばいいんだ。心配なことも、嫌なことも、今日だけは忘れて、ただ楽しめばいい。高校生でできなかったことを、今やったっていいんだ。

 

 一緒に取り戻すぞ!


 いや、これからいつでもやれるんだぞ! そう言っているようだ。

 

 滝川の気遣いに、心が温かくなる。

 そして、みんなの言葉に、優しい視線に感謝でいっぱいになる。


 そうだ、いつでもできるんだ!


 陽人は、さっきまで襲い掛かってきていた、どうしようもない程の焦燥感が、打ち払われていくのを感じた。

「みんな! ありがとうございます!」


「陽人君が回復したら、ここで暗くなる前に写真撮っておこうか!」

 茜の声かけで、シンデレラ城をバックに全員で写真を撮ることにする。

 いや、全員+シンデレラ姫!

 キャストに頼んでみんなで写真を撮ってもらった。


「おい、みちる、たつき、この後の予定、俺と陽人も混ぜてくれ。ここまで一生懸命企画してくれた茜と良平に、二人だけの時間も作ってやらないとな」

「そうだね!」

「ラジャー!」

 驚いたような茜と良平を残して、八人は次のアトラクションへと歩いていった。

「じゃあな、姉ちゃん、また後でな!」

「茜ちゃん、ありがとう!」


 その後のアトラクションの席決めじゃんけんは争奪戦となった。

 男性五人、女性三人。男性二人の席ができるのである。

 みんな、わいわい言いながらじゃんけんをして、歳の差関係なく、仁義なき戦いを繰り広げたのであった。


 この間、茜と良平がどんな素敵な瞬間を過ごせたか……

 

 良平がシンデレラ城の前で、名前入りのガラスの靴をプレゼントしながら、正式に茜にプロポーズをしたことは、少し後になって、みんなの知るところとなるのだった。



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