本当の願い
「悪い……長くなってしまったな」
話を聞き終わった
そうか! だから滝川さんは、杉浦おばあちゃんの気持ちが分かったんだ! おじいさんが亡くなったことを認められない気持ちが痛いほど分かっていたんだな。
辺りは大分暗くなっていた。
「
「天然ボケな奴だったけどな。でも俺は何度も救われたんだ」
滝川は陽人の方へ向き直ると、頭を下げた。
「陽人、心配かけてすまなかったな。俺は大丈夫だから、もう心配するな。陽は、俺のここに今もいるから」
滝川はそう言って、拳で胸をトントンと二回叩いた。
けれど、茜が持ってきた机に向けられたのは、辛そうな瞳の色。
滝川さんは、陽さんが今も生きていると思って、心の中の陽さんと会話しながら生きてきたんだ。でも、陽さんの机を見たら、陽さんの死を否応なしに突き付けられたようで……辛かったんだろうな。ましてや、それを壊して加工するなんて、もっと辛いことなんだろうな。
陽人も陽の机を見た。磨き上げられた綺麗な机。
両親の、陽の、茜の愛情が込められているのが伝わってきた。
この机をご両親に捨てさせたくないって言う、茜さんの気持ちわかるな。陽さんもご両親と一緒に居たがっていると俺も思うし……でも、この机を見ると、ご両親も滝川さんも辛い……どうしたらいいんだろう。机の形をしていなければいいと言う話なのかな? でも、滝川さんは壊したくないだろうなあ。
陽人は必死に考えた。
なんでもいいから、この状況から一歩踏み出せる何かを言ってあげたかった。
陽さんが本当に望んでいることって何だろう?
陽人は、頭の中に何かが引っかかっているように感じた。
陽さんは、きっと今も滝川さんの傍にいるし、滝川さんのこと見守っているよな。それが分かっているから、滝川さんは、今も陽さんをものすごく大切に想っているし、一緒に生き続けたいと思っている。
それはとても素敵な事なんだけど……でも、一緒に生きるって言っても、本当は死んじゃったら、無理だよね……
じゃあ、陽さんはどうしたいと思っているんだろう? どんなだったら嬉しいのかな? 滝川さんにどう生きて欲しいと思っているのかな?
陽人はまた連想ゲームのように考えを巡らせていった。
滝川さんが陽さんのことを思い出して、泣いているのは見たくないよな。自分のこと覚えていて欲しいけど、でも、陽さんのことだけ考えて、たたずんでいるのを見たいとも思ってないはず! 少なくとも、俺だったら、そんなこと思わない! どんどん前に進んで欲しいって思うはず。
陽人はふと、ある考えに辿り着いた。
陽さんが望むこと……陽さんの本当の願い……これを言ったら、滝川さん怒るかな? 出て行けって言うかな?
でも、俺だって、滝川さんに幸せになってもらいたい! だから……
「滝川さん、俺これから、すっごく酷い事言います。聞いてもらえますか」
滝川は机から陽人に視線を戻すと、
「陽人どうした? 言ってみろよ」
戸惑いながらも、続きを促してくれた。
陽人はふーっと深呼吸すると、思い切って話始めた。
「なんか……俺上手く言えないんですけど、陽さんは、多分一緒に幸せになろうじゃないんです」
「!」
「陽さんのことだけを想って、一生生きて欲しいなんて思っているわけ無いんですよ。だって、陽さんは、滝川さんと一緒に幸せになろうなんて、全然思ってないんだから」
「な、何を言って……」
「陽さんを思って、泣いて欲しいとも思っていないし、いつまでも陽さんを見つめて立ち止まっていて欲しいなんて、これっぽっちも思っていないんです!」
「別に俺は立ち止まってなんか……」
滝川の表情がみるみる厳しくなる。けれど、陽人は構わず続けた。
「止まっているじゃないですか! 陽さんの机を見て、どうしたらいいか分からなくなっているじゃないですか!」
滝川は図星をつかれてたじろいだ。
「そんなの、陽さんが望んでいる滝川さんじゃないです!」
「!」
「陽さんだったら、何を作るかワクワクしてるはずです! 滝川さんの腕前を見たいはずです!」
その言葉は、滝川の心を稲妻のように走りぬけた。
陽だったら……
陽だったら、
『あおくん、この机、何に変身させてくれるのかな? 楽しみにしているよ!』
確かに!
確かに、そう言うはずだ!
滝川の目に光が戻ってきた。
「滝川さん! 陽さんは、今も滝川さんの傍にいます! 滝川さんのこと、いつでも見守っています! でも、陽さんはきっと、陽さんのことを見つめて一緒にいるよって言ってくれる滝川さんじゃなくて、誰かと一緒にいろんなことを楽しんでいる滝川さんを見たいと思うんです。だって、陽さんが滝川さんの傍にいるのは、笑っている滝川さんを見たいからなんですよ!」
俺の笑顔!
そう言うことか!
大切にするって言うのは、心の中に抱えているだけじゃダメなんだ。
想っているだけじゃ、ダメだったんだ!
俺の想いが、かえって陽を縛りつけていたのかもしれないな……
「陽人! ありがとな」
滝川はそう言うと、陽人の目を真っ直ぐに見返した。
その目には、静かな決意が溢れていた。
陽人は滝川の瞳を見て、心の底からほっとした。急に体の力が抜けて椅子からずり落ちそうになって、慌てて足を踏ん張る。
言えて良かった! 陽さん、俺間違ってないですよね! ちゃんと滝川さんに陽さんの気持ち伝えられましたよね!
会ったことも無いのに、陽が直ぐ横で微笑んだ気がした。
それから、滝川は寝る間も惜しんで、陽の机のリメイクに取り組んだ。
陽の両親の引っ越し期日が迫る中、作業場の灯りは遅くまで灯り続けていた。
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