辛い記憶
パレードの時間が近づいてきたので、決めていた見学場所へ向かおうと大人組で歩いていた時のことだ。
陽人はふと、前から歩いてくるカップルの男性の方に見覚えがあると思った。
案の定すれ違いざまに、男性の方が声を掛けてきた。
「あれ?
白シャツに濃色ジーンズと言うシンプルないでたちだが、片方の耳にはピアス、髪の毛の先は金色に近い色に染めている青年は、陽人の顔を見て、うっすらと軽蔑の笑みを浮かべた。
「やっぱり、牧瀬だよな。お前もこんなところに来れるくらい稼げるようになったんだ」
「
陽人が初めて見せる険しい顔に、滝川が慌てて声を掛けようと戻りかけたが、茜の方が一歩早かった。飛び出して行って陽人の横から声をかけた。
「どなたかしら?」
青年は急に飛び出してきた年上の女性を見て、鼻でせせら笑った。
「はは~ん。お前も隅に置けないな。こんな年上女性に貢がせて」
茜が猛然と抗議しそうになったが、それより早く、陽人が怒りの表情で青年に詰め寄った。
「
「陽人さん、どうしたの?」
その時、こちらは丁度通りかかったみちるが、陽人の腕を掴んだ。
「なに!」
目の前に急に出現したハーレムに、
陽人の右横には茜が、左横には、みちるたち三人娘が、立花に不信感のこもった目を向けている。
「ボッチで貧乏人だったくせに、ちゃらちゃらと女引き連れてこんなところに来やがって」
立花は憎々し気に言い放った。
「俺のことは何て言われてもかまわない! でも、茜さんへの侮辱は許さない。さっき言ったこと謝れ!」
普段は穏やかな陽人の、怒りのこもった声に気圧されて、立花は思わず陽人の胸倉をつかもうと手を伸ばした。
「いててて……」
伸ばした手はあえなくねじり上げられ、情けない声をあげる。
背後から滝川が腕を掴んでいた。
「俺の彼女に失礼なことを言われて、見逃すわけにはいかないね」
滝川の横には、冷静スマイルを冷血スマイルに変貌させた良平の顔が。
滝川に腕を掴まれたまま、茜の前まで引っ張って行かれると、みんなの目が茜に謝罪するように圧を掛けてくる。
「す……すみませんでした」
不服そうに小声で言う立花に、良平が追い打ちをかける。
「何が、すみませんなんだ。ちゃんと謝らないとだめだよ」
「し、失礼なことを言って、すみませんでした」
「陽人君にもだよね」
茜が立花を真正面から見つめて言う。
「わ、悪かったな。酷いことを言って」
ようやく滝川の手から解放された立花は、腕をさすりながら一緒に来ていた彼女の元へ戻っていった。
「みなさん、すみませんでした! ありがとうございます!」
陽人がみんなを見回して頭を下げる。
「お前は何も悪くない」
「でも、茜さんには嫌な思いさせてしまったし……」
「ぜーんぜん! 茜様はこんなことで傷つくほどやわじゃないわよー」
茜はにこやかに陽人の肩をバンバンと叩いた。
「陽人さん、カッコよかったよー」
みちるがそう言うと、由奈と加恋もうんうんと頷く。
「あ、ありがとうございます」
陽人は急に力が抜けたように、肩を落した。
パレードの場所取りは、三人男子が務めていた。
日傘や手持ち扇風機、アイスノンなどのクールグッズを取り揃えてはいたが、一時間もずーっと座って待っているのは、流石にしんどかったようだ。最初はゲームしてるから楽勝などと気安く引き受けた三人は、真っ赤な顔をして待っていた。
みんなでアイスの差し入れをすると、生き返ったような顔になる。
「三人とも、お疲れ様だったねー」
「それにしても、あいつは何者なの?」
パレードを待つ間、茜が思わずと言う感じで聞いてきた。
先ほどの状況を知らない三人男子には、由奈が一生懸命先ほどの事情を説明している。
「立花君は……高校の同級生です。まあ、俺の事、SNSとかで色々悪く言っていたらしくて、ちょっと苦手って言うか……」
「えー、それは辛い!」
みちるたち三人娘も樹たち三人男子も、自分達に置き換えて考えたら、とても耐えられないと、口々に言う。
「イジメられたりしなかったんですか?」
みちるが気づかわしげに尋ねた。
「特にイジメられた事は無かったけど、でも、やっぱり悪口言われるようになってからは、空気が変わった気はしましたね。どっちかって言うと、大変な奴に睨まれたなって言う感じの視線かな。立花君は学校でも目立つ存在だったし、いわゆるスクールカーストの最上位って感じで」
「でも、そうしたらみんなから無視されるんじゃないですか?」
みちるが重ねて尋ねると、みんなも頷く。
「元々クラスで影薄かったから。どっちでも同じだったから大丈夫だよ」
陽人はその場の雰囲気をどうにかしなくてはと焦った。
「大丈夫なはず無いですよ! 心が痛かったはずです」
由奈が辛そうな顔で言った。由奈にも悲しい経験があるのかもしれない。
「ありがとう、そうだね。でも、俺自分の悪口読んで無かったから」
陽人は努めて明るく言った。
「あのころ俺は、本当に忙しくて。高校行って、バイト行って病院に行って。高校は卒業証書もらうためだけに行っていたようなものだったから、もともとあまり友達いなかったし。携帯は、アルバイト先との連絡と、病院からの呼び出しのために持っていただけだし」
「お前、本当に大変だったんだな」
滝川がしみじみと言うと、みんなもシンとして聞き入った。
「SNSなんてやってる暇なかったから、自分の悪口読まずに済んだのかもしれないですね。貧乏暇なしっていいますからね。おかげで助かったのかもしれません」
陽人が思わず自嘲気味にそう言うと、
「それは違うな」
滝川が静かだが重い口調で言った。
「陽人はその時、必死に生きることだけ考えていた。必死にがんばったから、今こうして生きている。そういうことだ。忘れるなよ」
「滝川さん……」
陽人は滝川の言葉に思わず泣きそうになった。みんなの頷く瞳も優しい。
グッと涙を堪えて頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「あいつ! もっとコテンパンにやっつけておけばよかった! 夢の国にあるまじき行為だわ!」
茜が本気で怒り、みんなも頷く。
「ありがとうございます! でも、もう昔のことですから、今はこんなふうにみなさんと出会えて、本当に幸せですから」
陽人は一生懸命大丈夫オーラを出した。
「なんであの子に睨まれることになっちゃったの?」
茜が不思議そうに尋ねる。
「実は良くわからないんですよ。別に喧嘩とかしたこと無いし。あんまりしゃべったこと無いし」
「いじめのきっかけなんて、そんなもんなんだろうね。特に理由が無かったり、些細な事だったり」
良平が穏やかにそう言うと、
「こいつは何を言っても言い返さないだろうとか、大人しくて考えていることが分かりづらいとか、そんな人が標的になることもあるよな」
やまとが思い当たることがあるように、考え考え言葉を絞りだした。
「で、その標的の人をディスることで、共通の仲間意識が出来上がるっていうか、まやかしの連帯感みたいなものが出来上がるって言うか……」
「でも、標的にされた人は辛いよ」
みちるが怒ったように声をあげる。
「その通りだよ。標的にされた人は死ぬほどつらい。でも、それ以外の人はあっち側でなくてよかったっていう安心感が心のどこかに芽生えるんだよ。だから、誰も何も言ってあげられない。今度は自分があっち側になるかも知れない恐怖があるからね。俺も……見てるしかできなかったから、同罪だな」
やまとにも、過去の苦い思いがあるようだ。
「連帯感とか、仲間意識は、人に対してじゃなくて、目標に対して持てたらいいんだと思うな」
茜が静かに言った。
「何かを作り上げることだったり、何かをすることだったりね。何かに対して一生懸命になれば、きっとみんなが同じ方向を向く時があるよね。それこそが連帯感を感じる瞬間なんだと思うな」
「茜ちゃん、流石!いいこと言う」
みちるが尊敬の眼差しを向けると、
「年の功だよな」
樹がいらぬ一言を言って、茜に睨まれる。
「人の悪口言わないようになれたらいいのにな」
翔太がぽつりと言うと、
「でも、何か嫌なことあったり、カチンときたりするとついつい言いたくなるよな。俺、そんなにいい人間にはなれないないからな……」
樹が急に真顔になってつぶやくように言う。
「まあ、嫌な事を言われたりして言い返すのは自然だと思うんだよ。でも、自分がすっきりするためにとか、嫌なことを紛らわすために、人のこと悪く言ったりすることもあるじゃん。それって単なる八つ当たりだよな」
翔太が真剣な表情で続けると、
「自分の方が上だって、優越感に浸りたくて、人のこと見下すようなこと言ったりもな」
樹もだんだんうな垂れてくる。
「お前らも色々考えていて、偉いな」
滝川が感心したように言うと、良平がゆっくりみんなを見回しながら言った。
「本当は、お互いに言いたい事を言いあって、心をぶつけ合うことは大切な事だと思うんだよ。言いたいことを言わずに我慢しているのもいい事じゃないしね。でも、それはお互いに伝えたい、理解し合いたいって言う気持ちが込められているからこそ響く言葉になると思うんだよね。その大前提が抜けてしまっている言葉は、単なる刃になってしまうよね」
一同シーンとして、自分の心に手を当てて考えた。
「すみません、折角楽しいディズニーランドなのに、俺のせいで暗い話題になっちゃって……」
陽人は焦ってみんなに謝る。
「ううん、陽人君はいいきっかけをくれたのよ。こういう事って、時々思い出して考えてみるのがいいんだから」
茜はニッコリして陽人を労うように言う。
「それにね、ここはディズニーランドという夢の国! みんな! ここで今、今までの辛い経験よりも、一つでも多くの楽しい経験を増やすのよ! あとは、汚い心を少しでも浄化して帰ればバッチリ!」
みんな表情を和らげて頷いた。
陽人の肩を、滝川がぽんぽんと優しく叩く。
そうは言ったものの、茜は持ち前の世話焼き精神を発揮して、立花の事も心配して小さく呟いた。
「それにしてもあの子、なんであんなにナイフ振り回すような生き方しているんだろうね…あんなことしていたら、誰にも愛されなくなっちゃうよ」
良平が茜の背中を優しく撫でた。
その時、人々がざわめきだし、パレードの音楽が聞こえて来た。
夢の時間の続きを告げるように。
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