運命の出会い
城ケ崎海岸は、切り立った断崖に砕ける白浪と、青とエメラルドグリーンのコントラストがくっきりとして、美しい景色だった。
吊り橋を渡って岩場へ進む。茜はどんどん進んで行き、滝川と良平は仕事の話などをしながらゆっくり歩いていた。
「茜さん、そんなに先端まで行って大丈夫ですか?」
「大丈夫!落ちたりしないから」
陽人は恐る恐る傍まで近づいていき、横に腰を下ろした。
「今日は誘ってくれて、ありがとうございます」
「どう? 楽しめているかな?」
茜は陽人を見て笑った。
「はい、凄く楽しいです。でもせっかくのデートなのに、お邪魔じゃなかったんですか?」
「ううん、むしろ逆よ。陽人君のお陰で助かったの」
「それはどういう……」
「
確かに、と陽人は思った。少し前に野次馬根性で休日の滝川に密着しようと思ったら、老人ホームへ連れて行かれた。確かに、若者が楽しみそうな娯楽やデートを楽しんでいる様子は、これっぽっちも無い。
陽人のように金欠でも、よそから来て友達がいないわけでもないだろうに……おかしい。
「私たちともね、距離をとろうとするから。まあ、デートの邪魔しないようにとか、気を使っているんだとは分かっているんだけど、引きすぎなんだよね。だから、陽人君のお陰で、ようやく引っ張りだせたって訳なの。感謝してるよ」
茜さんは、本当に滝川さんのこと心配しているんだな。
「もちろん、陽人君と、もっと仲良くなりたかったのも本当だよ。あの偏屈葵と一緒に住んでいたら、疲れるでしょ。悩みがあったらいつでもこの茜お姉さんに相談しなよ!」
「いえ、滝川さん、凄くいい人です。本当に出会えて良かったなって思っています」
茜はまじまじと陽人を見つめて、一人納得したように呟く。
「やっぱり、陽人君って、しびれを切らした
「え! 天使って? 拾ってもらったの俺の方なんですけど」
陽人はびっくりして否定した。
「あの夜の出会いが無かったら、おれはどうなっていたかわからないです! こんな保証人もいないような若い奴、家なんか借りられるわけもないし、滝川さんが一緒に住まわせてくれなかったら、今頃道端で死んでいたかもしれません」
「でも、あいつが自分から一緒に住もうと言い出したなんて、本当に奇跡が起こったとしか思えないよ」
「滝川さん、怖そうに見えるけど、実はスッゴく優しい人だから、きっと俺のことほって置けなくなったんだと思います」
茜は優しく笑う。
「それはやっぱり、陽人君の持っている癒しの力のお陰だね」
戸惑う陽人を見つめながら続けた。
「葵ってさ、何かリアルを生きてないって言うか……他人が困っていれば手を貸してくれるし、優しいんだけど、なんか相手に踏み込む隙を与えないっていうか、一歩引いて、ガラスの向こうから世の中見ているみたいな生き方しているなって思うんだよね。そのうえ、自分の事は全く頓着なくてさ。何て言うか……楽しむのを止めちゃっている感じって言うのかな」
真剣な陽人の視線を受け止めてから断言した。
「まあ、なんでそうなったかっていう理由を、私は知っているんだけどね」
「あの、さっき言っていた
「そうだね……陽ちゃんは葵の彼女だったんだ」
「彼女だった?」
「うん、もう陽ちゃんには、会えないんだ……」
「え?」
「陽ちゃんは、もうずっと前に死んじゃったの。だから、葵の時間はずっとそこから止まっているの。私は、陽ちゃんに頼まれたから……葵の事、頼むねって言われたから、ほっておけなくてね。だから、時々ちょっかい出しに行ってるのよ」
陽人はそれを聞いて納得した。茜が時々顔を出しては、わざと滝川に乱暴な口調であれこれ言うのは、このためだったのだと思った。
「陽人君、聞いてくれるかな」
滝川と良平がまだ追いついてこないのを確認すると、茜は滝川と
「私たち三人が出会ったのは、小学校一年生の時なんだ。あいつは
茜は静かに続けた。
「でね、ある日、やっぱりうるさい男子が陽ちゃんのことからかっていて、陽ちゃん泣きそうな顔していたの。そうしたら葵がさ、
『お前の
陽ちゃんそれを聞いて凄く嬉しそうな顔になってね。それで次に陽ちゃんが、
『じゃあ、あおい君のあおいは、青いお空の事だね』
って言って、そしたらあの意地っ張りの葵が、
『そうだな』って素直に言ってさ。
― 太陽と青い空 ― って、なんか運命みたいだよね。
横で聞いていた私はしびれたよ。
あの日から、陽ちゃんにとって葵は、『正義の味方』になって、葵にとって陽ちゃんは『癒し』になったんだと思う」
茜はその時の事を思い出したように、胸にそっと手を当てた。
「二人はね、それから本当に仲良かったんだ。私は、そんな二人を見ているのが本当に大好きで……」
茜の目がふっと悲し気に変わる。
「葵の家庭は色々あったから、荒れた時期もあったんだけど、陽ちゃんだけはいつも味方で、葵も陽ちゃんのことだけは、何がなんでも守るって感じで……二人はずっと一緒にいるもんだと思ってた。でも、陽ちゃんは病気になって、あっと言う間に死んじゃった」
陽人は息を呑んだ。滝川が時々見せる、寂し気な表情、遠くを見つめる目……それは陽さんを探していたんだと気づいた。
「葵が高校やめちゃったのって、多分陽ちゃんが死んだからだと思う。陽ちゃんがいない学校に行きたくなかったんだろうね」
茜は陽人が沈んでいることに気づくと、慌てて言った。
「でもまあ、葵はおじいさんのお陰で、今は大工として頑張っているけどね。でもさ、小学校一年生で、よくあいつ、
茜は一人でぶつぶつと突っ込みを入れると、
「でもさ、本当はあいつの『
陽人はおおーっという顔をして、茜の言葉に頷いた。
本当だ! 茜さんの言うとおりだー
「陽人君にも入ってるよね、
陽人は初めて気づいた。
そっか……だったら、俺も少しでも滝川さんの役に立てたらいいな。
「陽人君、世話の焼ける奴だけど、葵のことよろしくね」
茜はそう言って立ち上がると、やっと追いついてきた滝川と良平に、早く早くと手招きした。
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