思いもかけぬ来客

 次の日の夕方、突然、ようの両親が訪ねてきた。


 呼び鈴を聞いて対応に出た陽人が、驚いた様子で滝川に来客の事を告げる。

 玄関先でと辞退するのを説得して、和室に案内した。


 向き合って座ると、陽の両親は深く頭を下げて、滝川が作った椅子への感謝の気持ちと、大切に徳島へ持っていくことを伝えてくれた。

 陽の机が、こんな形で帰って来てくれるなんて、思いもしなかったと、嬉しくて嬉しくてたまらないと、母親が涙ながらに言うと、あの椅子に座ると、陽が一緒に居るような気分になれると、父親も目頭を押さえながら言った。


「そう言っていただけて、本当に良かったです」

 滝川は心の底から安堵したようにそう答えた後、思い切ったように付け加えた。

「俺が言うのは差し出がましいんですけど……あの椅子に座って、いっぱい笑ってください。陽さんはきっと、ご両親の笑い声が大好きだから」


「滝川君、陽のことをずっと大切にしてくれて、本当にありがとうございます」

 母親が涙を拭いて、深く頭を下げた。

「頭をあげてください。俺の方が、陽さんにいつも助けられていたんです」

「お葬式の後、本当はすぐに、あなたにお礼を言わないといけなかったのに……ご無沙汰してしまって、ごめんなさいね」

「お礼だなんて、俺は何も……」

「いいえ、滝川君にずっと覚えていてもらって、陽は幸せ者です。本当はね、もっと早くに渡すべきだったのかもしれないし、今更渡すのが良いのかもわからないんだけれど……」

 そう言って、陽の母親は、一冊のアルバムを差し出した。


「私たちもなかなか娘の物を整理する勇気が無くて、入院先から持って帰って来たものを、ずっとそのままにしていたんです。引っ越しが決まって、ようやく整理する気になって見ていたら、こんなものを見つけて……こんなものお渡ししたら、あなたの未来を縛ってしまいそうで……今もこれをあなたに差し上げることが、本当にいいのか、分からないんです。だから、ご迷惑だったら遠慮なく言ってください。ただ、やっぱりこれは、陽があなたに見て欲しかったんだろうなと思って。中に、滝川君、あなた宛ての手紙が入っています」

 

 そのアルバムは、陽の入院が決まった時、病室に持ち込むためにようが自ら作った、家族や友人の写真を集めたアルバムだった。

 おそらく入院中、このアルバムが陽の気持ちを慰めたり勇気づけたりしていたのだろう。何回もめくった後があった。

 

 滝川は震える手で受け取った。


 俺宛ての手紙!


 陽は本当は、元気になってみんなの元へ帰れると信じていた。

 治療が思うように進まず、遂には自分の寿命が付きかけていることを悟った時でさえ、自暴自棄になることは無かった。

 というより、自暴自棄になっている余裕さえ残されていなかったと言う方が正しいかもしれない。

 だから陽は、あるだけの力を振り絞って、みんなへの言葉を残していた。

 両親や、茜、良平宛ての手紙は、すぐ分かる様に置かれてあったので、陽の亡くなった後、すぐ本人たちの手に渡ったのだが……


 なぜか、葵宛ての手紙だけは見つからなかった。

 茜はそれを不思議に思って探しまくっていたのだが、結局見つけられなかったのだった。

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