形見
今日はいいことがたくさんあった一日だったと振り返りながら、陽人はリュックの中の古いオルゴールの事を思い出した。
母の形見のオルゴール。
木で作られた箱の周りには、花や葉の模様が綺麗に彫られていた。
今は見る影も無く古びて汚くなっていたが、どうしても捨てることが出来なかった。このオルゴールは、母が祖母から貰ったもので、わが家の家宝と笑いながら言っていた品だった。
滝川さんの言っていた、古い物を大切にするって、こういうことを言うのかな……
陽人はねじを巻いて蓋を開けた。
ディズニーの『星に願いを』のメロディーが流れ始める。
音が二三か所飛んでしまうのは、欠けてしまったところがあるからに違いない。
ねじを巻きなおして、もう一度繰り返した。
欠けた音があっても、オルゴールの音色は綺麗だった。
「陽人、ちょっといいか?」
滝川が襖を叩いた。
「あ、うるさかったですか?」
「いや、オルゴールの音色なんて珍しいなと思ってさ」
滝川は襖を開けて部屋に入って来た。
「年季が入った品だな」
「ええ、俺の母の形見で、祖母から受け継いだ物らしいです」
「へー。見てもいいか?」
「どうぞ」
滝川は陽人からオルゴールを受け取ると、蓋を開けた。中には宝石が入れられるようになっていて、指輪を入れられるような仕切りもつけられていた。
「彫刻が綺麗だな。」
箱の周りの彫り物を見てから、
「母親の形見じゃ、これからも大事にしないとだな。俺にちょっと預けてみる気は無いか?」
と聞いてきた。
「少し綺麗にしてやるよ」
「お願いします」
「お前、両親とも亡くなっているって言ってたな」
「父親は俺が三歳の時に事故で死んだらしいです。写真はあるけど、記憶は残って無くて……母親は高校三年の時です。働きづめだったから、発見が遅くなってしまって」
「お前、偉いな」
滝川は優しい声でそう言うと、陽人の頭をガシガシと撫でた。
「よく今まで自暴自棄にならず、真っすぐに生きてきたな」
「いや、そんな……滝川さんの家族は?」
陽人は思い切って聞いてみた。
「二人とも生きてるよ。それぞれ別の家族がいるけどな」
陽人の表情がよっぽど悲し気な顔だったに違いない。滝川は、
「そんな顔するなよ。俺には爺さんがいたし、お前のように高三で天涯孤独になった訳でも無いし。俺の高三なんて、ひでー荒れててさ、お前のほうがずっと大人だよ」
そう言って、また陽人の頭をガシガシ撫でた。
「これ、預かってくな。今日は疲れただろ。早く寝ろよ」
そう言ってオルゴールを大切そうに抱えて自分の部屋へ帰って行った。
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