自分の意見

 兵藤の熱い語りが一段落したところで、みんなそれぞれに、今日ここに来た目的を果たすべく、打ち合わせを始めた。陽人はやることが無かったので、なんとなく滝川にくっついて動いていた。

 滝川は設計の青木と細かいところの打ち合わせをしていたが、ようやく一段落したようである。


「こんなところにお店を作って、人が来るんですかね?」

 陽人がこそっと滝川に尋ねると、耳ざとくそれを聞いていた広報担当の藤本京香ふじもときょうかが話に入ってきた。

「社長の道楽のせいで、私たち社員は大変なんですよー」

「そ、そうなんですか……」

 大変といいながらも、藤本の目元は笑っていた。こんなことはよくある事のようで、慣れているようだ。

 藤本京香は三十代半ばと思われる落ち着いた女性で、この人に任せておけば全て順調にいきそうと思わせてくれる安心感があった。


「もうけを考えてないと言う、社長のとんでもないアイデアはまあいいとして……お客様が少ないのは、なんとかなると思っているんです。私たちもアイデアの出し甲斐があるし。でも、一番大変なのは、お客様がたくさん来すぎてしまう時のことなんです」

「え! それって、どういうことですか?」

「ここは店舗も可能な地域区分なんですけど、実際には周りは住宅地ですよね。しかも、道幅はやっと二台がすれ違えるくらいに狭い道。中央線も書かれていません。ここに、たくさんのお客様が押しかけてしまったら、住民の方たちに多大な迷惑がかかることは想像できますよね。どうしたら、それをうまく緩和させて、一日辺り、営業時間ごとの集客を均等にできるかが、大切なポイントなんです」

「なるほど……」

 陽人と滝川は顔を見合わせた。


「ここの周りの方々には、もうお話をしてお願いしてありますし、店内の込み具合をインターネット配信して、あらかじめ状況を分かってきてもらえるように工夫するつもりなのですが、それでもどうなるのか、特にオープン当初はマスコミも来ると思うんですよね」

 藤本は心底困ったと言う顔で言った。

「予約制にするのはどうですか?」

 陽人は思い切って言ってみた。

「実はそれも考えてはいるんですけど……そもそも喫茶店って、予約して行くものなんですかね」

 藤本は陽人の瞳を真っすぐに見た。曇りの無い綺麗な瞳の人だなと陽人は思った。


「喫茶店って、なんとなく散歩とかの途中に雰囲気の良いお店を見つけて、ふらっと入ってお気に入りになる……みたいな、縛られない感覚とか、偶然の出会いみたいなものがあったほうが素敵だと思うんですよ。行きたいときに行って、居たいだけいられるのも醍醐味の一つだと思うし。だから、予約とかして、スケジュール通りに動くのは、ちょっと違うのかなって。お客様のサプライズを半減させてしまいそうで……ま、私の個人的な拘りなんですけどね」

「確かに……」

 

 陽人は今まで本格的な喫茶店へ行ったことは無かったので、あまり深く考えたことは無かったなあと思った。時間もお金も余裕は無かったので、漫画喫茶に数回行ったぐらいである。


 俺にとって喫茶店のイメージは……大人な感じ。静かに時を楽しむイメージ。いつもと違う空間。おしゃれな食べ物。


 連想ゲームのように考えを巡らしてみる。


 兵藤さんにとってここは……パン製造の実験場? でも、きっと来てくれた人を全力でもてなす場所。新しい事にワクワクしたり、今まで思い付かなかったことに気づけたり、自然に触れて安らいだり……


 でも一番の目的は絶対、明日からまたがんばろうと元気になれることだ!

 

 急に陽人の中に、藤本の曇りの無い瞳が、なるほど! ときらめきに満ちるのを見てみたい欲求が沸いてきた。


「予約制で、日付とか時間とかが制約されていても、ここで過ごした時間がスペシャルになったら、それはやっぱり素敵な事になると思うんです。旅行は予約して行っても、行った先で起こることは偶然ですよね。だから喫茶店だって予約して来たとしても、ここで起こることまでは決められない。だから大丈夫ですよ!」

 藤本の瞳が微かに見開かれた。

「で、もし直接来ちゃった方がいても、空席があったらそこで予約を入れてからご案内するようにすればいいし……まめに空席情報を更新しておく必要はあるけれど」

「なるほど! それなら、どちらのパターンにも対応できそうですね。牧瀬さん、貴重な意見をありがとうございました。社内で検討してみます」

 藤本はそう言って丁寧にお辞儀をした。


 うわ! なんか、部外者なのに生意気な事言ってしまった。ヤバイ!


 陽人は慌てて、

「すみません! 勝手な事言って」

 と頭を下げた。


 前のレストランでは、こんな意見みたいなこと言ったの、一度も無かったのに! 俺どうしちゃったんだろう……


 藤本は笑顔でいえいえと言うと、

「毎日同じことばかり考えていると、頭が固くなっちゃうんですよ。私、結構融通きかないタイプだし。だから、自分の考えと違う人と話すの大好きです! またおしゃべりしてくださいね」


 うわー、藤本さんって大人な人だ!

 陽人は慌てて頭を下げた。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


 横で一言も言葉を発せず聞いていた滝川がぼそりと言った。

「陽人、お前、結構物おじしないところあるんだな」

 陽人は急に顔が火照ってきた。

「でも、自分で自分の意見を言えるって、大切なことだぜ。これからもどんどん言えよ」

 陽人は顔を挙げて滝川を見ると、ほっとして言った。

「そ、そうですよね。これからは、自分の意見もちゃんと持たないといけないですよね。流されてばかりとか、合わせてばかりじゃいけないですよね」

 滝川は無言で頷くと、

「兵藤さん、ちょっといいっすか?」

 と兵藤に声を掛けた。

「庭の草取りなんですけど、この陽人がボランティアでやってくれているんです」

 そう言って兵藤を庭へ案内した。


 陽人が暇に任せて、コツコツと手入れしている庭は、まだ途中だったが、杉浦おばあさんが住んでいた頃のような状態に戻りつつあった。

「おおー。綺麗になってる。はるくん、ありがとう!」

 兵藤は陽人の手を取って、ブンブン振りながらお礼を言った。

「君は『もてなし』と言う言葉の意味を知っているようだねーいいねいいね。どうだい、ここがオープンしたら、うちで一緒に働かないかい?」

 思いもよらない申し出に、陽人は一瞬とまどった。


 え! ここで働く!


 それは魅力的な話に思えた。

 今までの経験も生かせそうだし、何よりも、兵藤と言うアグレッシブな人と仕事ができるのは、発見の多い楽しい人生になりそうだ。

 でも……

「あ、ありがとうございます! 今求職中なのは、確かにそうなんですけど……すみません。もう少し、自分のやりたいこととか、考えてみたくて」

「そうか! まあ、ここがオープンするのも、まだまだ先だから、考えといて」

 兵藤はそう言うと、

「ここからの海の眺めは最高だねー!」

 と海へ視線を向けた。夕方に近づきつつある海は、赤みがさしてきていた。


「引き続き庭の手入れをお願いできるかな? ま、うちに就職するかどうかは別として、食事券のお礼くらいはするからさー」

「はい! ありがとうございます。がんばります!」

 兵藤は眩しそうに陽人を見ると、

「じゃ、よろしく!」

 と言って、部屋へ戻って行った。


 滝川さん、わざわざ兵藤さんに俺の働きを伝えてくれたんだ!

 やっぱり、気配り半端ない!

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