第37話 分水嶺

 大ピンチのフマムュを見て、紡玖は慌てた。

「放せ、放せよ!もういいだろ、フマムュの負けでいいだろ!」

 フマムュは頭を掴まれ壁に押し付けられて、今から弄られようとしている。

 紡玖は闘技場へ降りてフマムュを助けようと決めたが、目の前の存在――魔王タマゴがそれを許さない。

「そう騒ぐでない、見苦しいぞ。それにここからが良い所ではないか」

 立ち上がろうとするのに、どういう仕組みかは分からないが、膝に乗った魔王が退けられない。

 それだけじゃなく、暴れる紡玖を後ろから羽交い絞めにするようにして押さえているのは、チッテッキュだった。

「チッテさんも、何で!?」

「申し訳ありません。大恩ある魔王様の命には逆らえないのです」

 悪いと思っては居そうな口ぶりのチッテッキュとは違い、魔王は嬉しそうに闘技場へ目を向けている。

「まあ汝は落ち着け。まだアレは諦めていないようであるぞ」

「諦める、諦めないの話じゃない!フマの体力と防御の値だと、エリザポ-ノに一発殴られただけで瀕死なはずなんだ!」

「だがあくまでそれは数値の話であろう。生命体というのは、必ずしも数値で割り切れるものではあるまい。それにほれ、見てみると良い」

 膝に座りながら魔王が指差す先にはフマムュが居ると分かっているので、さっと視線を向けた紡玖の目が光で白く染まる。

「な、何だ、何が起きてるんだ!?」

「どうやらアレの、大きな一撃が入ったようだの」

 突如現れた光を手で遮りながら、その隙間から状況を見ようとしても白く染まって見えない。

 程なくしてその眩い光が消えて、目が月の光を捉えて風景を映し出せるようになる。

 すると壁際でぐったりとしているフマムュと、闘技場の中央まで吹き飛ばされて苦しそうにしているエリザポ-ノの姿があった。

「エリィーーー!!」

 フマムュに有効な攻撃手段がないと分かって、完全に傍観者気分の様だった優陽が、思わずそう悲鳴を上げる。

 エリザポ-ノは、衣服を含めて一目で分かるほどに、ボロボロだった。

「な、何が起きたんだ?」

「何とは変な事を言うの。在り得るとしたら、今まで使っていなかった『奇跡の光明』だけであろうに」

 何の事は無いと言いたげ――否、これからどうなるかに興味が移っている様子で、魔王は闘技場の中を見ている。

 しかしそう魔王に言われたとしても納得がいかない。

「な、なんで今まで使えなかった『奇跡の光明』が突然……」

「今までは使えなかったわけでは無く、あれの発動条件が術者の体力が半分以下で使用可能。瀕死であればあるほど威力が上がるという魔法なのじゃ。今まで発動出来なくても仕方がないわ。それ故に、一発逆転を起こせる可能性のある『奇跡』のような『光明』と名づけられた魔法なわけだしの」

 そんな事は、チッテッキュが手に入れた文献にも書かれて居なかったのに知る訳ないだろうと、ついつい身体の力を抜こうとして、まだフマムュが危険な状態であることには変わらないと思い直す。

「『奇跡の光明』の発動が見れて満足だろ。膝から退けよ、魔王!」

「ふふん、ここからが良いところと言うたであろう。生命が危機に瀕した時、生物は最も成長が望めるのよ。汝は黙って、我の椅子になっておれば良いのだ」

 どうあってもどく気配がない魔王を見て、もしかして膝に乗られた時から、こうなる事を予見していたのかと少し薄ら寒いものを覚える。

「さあて、魔王と吸血鬼という二つの闇属性の因子を持ったエリザポ-ノは、聖属性の『奇跡の光明』で大打撃で瀕死よの。どちらも、どういう選択肢を取るか、これは見ものだの」

 魔王の呟きに反応したかのように、闘技場中央で苦しがっていたエリザポ-ノが突如、叫びながら上体を起こした。

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