第1話 まおいく(ベータ版)
ここ最近普及し始めた、ソーシャルゲームというものがある。
ゲーさとることがムの内容や売り出しているこんなば会社は様々あれど、簡単に言ってしまえば、ちょちょっとパソコンや携帯端末にダウンロードして遊べる、通勤通学時やパソコン作業の手すきの暇を潰すのに、非常に良い具合の気軽に遊べるゲームの事。
基本的に無料な事が多いのだが、ゲームを有利に進めるための課金要素を用意してあり、それに惜しげもなく金を注ぎ込むユーザーも居たりする。
例えば、アイドル育成型や、冒険RPG型と、パズルゲーム型のソーシャルゲームに、艦隊育成型のやつは、昨今ゲーム産業を担うほどの社会現象になりつつある程。
そんな課金要素が景品に関する法律に引っ掛かったとか掛からなかったとか、良く注意書きを読みもしない子供が課金しまくり、月数十万という請求が親に来ただの、手に入れたキャラクターデータを譲り渡すためのオークションサイトがあったり、そのオークションで詐欺が発覚して取り締まられたりと、何かと話題に事欠かないゲームでもある。
数々の問題と共に、星の数ほどあるのではないかと錯覚するソーシャルゲームの中には、矢張り流行りのと無名の物がある。
流行りとは、テレビやウェブページ上のコマーシャルで宣伝している有名なもの。
しかしその影に隠れるようにして数多存在するのが、何時の日にか有名になろうと必死に追加要素を入れ込んだりしているのが無名のやつら。
そんな無名なソーシャルゲームの中に『まおいくベータ版』という、一つの携帯電話専用キャラクター育成ゲームが存在する。
ベータ版という名に恥じないほど、先に上げた有名どころのゲームとは比べるべくも無く、ソーシャルゲームの新作情報を巡回している人すら、認識しているのか怪しい程に、全く話に登らないという全く無名のゲーム。
というより、このゲームをダウンロードして遊んでいる田辺紡玖ですら、手に入れたサイトを探し当てる事が出来ないという、もしかしてスパイウェアかと疑いたくなるような存在。
「……むぅ」
しかしベッドの上に寝転びながら、高校入学祝いに買って貰ったスマートフォンを用いて、件のゲームを遊んでいる紡玖が思わず唸ってしまうほど、この『まおいくベータ版』というゲームは、無名の割りに良く出来ている。
実時間回復型のステータスを消費して行動を決め、自動で割り当てられるキャラクターを育成するという、オーソドックスなゲームシステム。
しかしソーシャルゲームならではの、データの巻き戻し不可の条件なのに、ある一定ゲーム内時間が経過すると《検定試験》という名前の戦闘が発生するのが問題だった。
製品版では他のプレイヤーが育てたキャラとの戦闘する仕様になる筈なので、その疑似体験といったところの要素だと思われるが。
しかし出てきた敵キャラと育てたキャラとの戦闘は、プレイヤー操作不能の完全に自動で終始する。
なのに育てたキャラが試験を通過しようと負けようと、問答無用で育成したデータが削除されると言う鬼設定。
しかもベータ版――つまりはお試し版だからか、課金要素は封印されていて、リアルマネーによる強化も不可というマゾ仕様になっている。
それでも紡玖がこのゲームを続けているのは、据え置きハードのゲームでも育成ゲームを愛好しているからと言うのもあるが、問題の《検定試験》にクリアーするとゲームに追加要素が出現するからに他ならない。
最初の試験にクリアーすると難易度設定が現れて、難易度をイージーかノーマルかを選べるようになった。
その後もイージーモードでクリアーする毎に、キャラクターの見た目の変更や、キャラクターの初期パラメーターを自分で選べる様に。
イージーでこれ以上解禁される物が無いと知り、ノーマルでの試験をパスすると、難易度が更新されハードが現れ。
さらにはゲームでの行動の選択肢が増えて、より育成がしやすくなったり、試験で対戦する相手のステータスを見る事も出来る事に。
クリアーする度に追加される要素たちと、それを使用しての攻略にドンドンと引き込まれていった紡玖。
しかしハードモードの難易度は、先の二つの難易度で培った知識を無にするほど跳ね上がった。
それは初期配布キャラが最弱設定の物に固定された事と、行動選択の結果に成功と失敗という要素が加わったこと。
これでただでさえ低いパラメーターが上がり難くなったのに加え、低コスト高効率な選択肢を序盤に選ぶと必ず失敗する様に仕様が変更。
さらにはキャラクターデータには記載されない、何らかの隠しパラメーターがあるらしく。成功していた選択肢が途端に失敗続きになったり、行動が成功し上がるパラメーターが同一キャラなのにまちまちだったり、選択した行動をキャラが拒否して休憩しだすなんて事もあった。
二昔前の攻略不可なクソゲーの様な仕様なのに、紡玖は投げ出そうとするどころか、逆にマゾい難易度にゲーマーの魂に火が付いたようで、高校生になって一月あまりの時間の大半を、このゲーム中心に過ごす結果に成り果てていた。
そんな紡玖の手の中にあるスマートフォンの液晶の画面に、ある文字が浮かび上がっている。
「……とうとう来たぞ《検定試験》」
この一月の間に気付いた事やコツを総動員して育て上げたキャラは、紡玖のそんな献身に応える様に、難易度ノーマルならば楽に試験をパスするぐらいのパラメーターを誇っていた。
これ以上は無いと言える出来栄えに、紡玖は満足したように頷きながら《検定試験》の文字を指で押す。
「後は、試験官が誰かだが……」
ハードの難易度でも出てくる敵キャラはランダムで決定されるらしく、前の《検定試験》では弱い部類のキャラが出てきて、すわクリアーかと期待したものだった。
またそういう弱い敵であって欲しいと願う紡玖なのだが。
「げッ……最悪だ……」
出てきたのは二頭身のデフォルメされた見た目に、ドラゴンをモチーフにしているのか、赤い鱗で覆われた手足と背中に皮膜の翼を持ったキャラ。
難易度イージーで一回のみ勝利する事が出来ただけの、出現する敵キャラの中でも一番の強敵だった。
これはまた育て直しか。そう試験を始める前に落胆してしまっても仕方が無い。
「……頑張れ。オマエなら出来る」
音声認識しているか怪しいのに、そう応援の言葉を掛けても変わらないはず。
しかし紡玖は《検定試験》の欄に指で触れる前に、半ば諦めかけながらもそう言葉を掛けたくなるほど、血道を上げて育て上げたこのキャラが、ただ無残に消えてしまうのには残念に思えていた。
『試験開始!』
そう画面に文字が流れ、二つのデフォルメされた二頭身キャラクターが向き合うと、ソーシャルゲームらしく、金の掛かっていないフラッシュ映像が流れ始める。
ここからは自動で勝敗が決するため、紡玖には見ていることしか出来ない。
ヒットエフェクトに伴い、二つのキャラクターの体力のゲージがお互いに減っていく。
キャラクターが攻撃する時、時折特技や覚えた魔法を使用していると文字が流れる。
ヒットエフェクトは単一だし共通の物なので、それがどんなものなのかは画面越しには分からないが、体力ゲージが普通の攻撃と比べて明らかに目減りするのを見ると、陳腐な見た目とは裏腹にかなりの大技を繰り出しているのだと想像で補完。
しかしながら、相手は用意された敵キャラの中でも最強の部類だというのに、紡玖が育て上げたキャラクターは接戦を演じている。
通常攻撃時は打ち負けはいるが、特技や魔法を使用しての攻撃の際に敵キャラの体力を大幅に削り、体力ゲージの上では互角まで持ってくる。敵も特技を使用してきてゲージを大分削られるが、やり返すかのように大技を繰り出す。
可愛らしい見た目とは裏腹の、文字と体力ゲージ的には熱戦が続く。
やがてお互いのキャラの体力は、残り数ドット。
このままどちらか一方が倒れるのか、それとも相打ちかと注視していると、唐突に画面に映し出されていた戦闘が停止した。
まさかここでスマホがフリーズしたのかとハラハラすると、やがて画面から一つの文字が浮かび上がってくる。
「……時間切れ?」
初めて見る文字列に、一瞬何の事なのか分からない様子で、ぽかんと紡玖は画面を見ていた。
そして段々と頭の中に意味が浸透していき、この場合はどうなるのかと恐る恐る『画面をタッチしてね』という文字に従い、タッチパネルに指を触れさせる。
読み込み画面が数秒続き、そして映し出された文字列は――
『Congratulation you passed!!』
難易度ハードでは初めて見るが、その前までの難易度ではよく見ていた文字たち。
つまりは紡玖の育て上げたキャラクターは、試験を無事通過した事を表していた。
敵キャラを倒していないのに何故試験に合格したのかと疑問に思いながら、次へとの案内に従って再度画面に指を触れさせると、その理由が画面に映し出された。
「設定時間経過した事による、試験合格……」
育てゲーやRPGの必須イベントなどで良くある、経過時間やターン消費によるクリアーが、この試験にも適応されていたということだろう。
無事に試験をクリアーしたという感慨も無く、紡玖は思わず自分の額に手を当ててしまう。
「うわー……こんなシステムだったら引き分け狙いで、キャラクター育てれば良かったのかー……」
つまりは難易度ハードによるクリアー法は、体力と防御力を上げることに集中した防御型や、素早さと運を極限に上げた回避型を育てる事で、楽に試験を通過する事が出来た訳である。
今まで育ててきたキャラクターは、画面の中で試験をクリアーして嬉しそうに飛び跳ねるこのキャラクターも含め、全てのパラメーターを満遍なく上げたバランス型だったため、ここまで苦戦してきたのだろう。
「愚痴愚痴言ってもしょうがないか。次に生かそう」
どちらにせよクリアーできたのだからと、今更ながらに嬉しさが込み上げてきた紡玖は、画面を下にスクロールさせていく。
飛び跳ねるキャラクターのアイコンの直ぐ下から、映像の中で起こっていた事が、文字列となって書き込まれている。
どんな技を繰り出し、どんな攻撃を受けたのか。
それによりどれだけの手傷を負わせ、どれだけ怪我を負ったのか。
何時に無く長い文字を順繰りに目で追いながら、小説を読んで光景を想像する様に、頭の中で育てたキャラと敵キャラとの戦闘を思い描いて楽しんでいく。
やがて文字列の最後に『時間経過による試験終了に伴い試験合格とする』という文字。
そしてその下には、一つの大きな画像。
『貴方のお陰で試験に合格できたよ。有難う、私のアタベク!!』
そう吹き出しに文字が書かれた、育てたキャラそっくりの見た目だが、等身は上がった姿の少女の絵。
アタベクって何なんだろうと考えながらも、クリアー出来た証拠を残すため、スクリーンショットでその画像をスマホに保存。
そして難易度ハードのクリアー特典は何だろうと、更に下に画面をスクロールしていくと。
「……魔王候補育成の正式なご案内?」
そう文字が書かれたリンクが張られていた。
一体何の事かと首を捻る紡玖だったが、魔王と育成という言葉から、『まおいくベータ版』の完成品の案内だろうと当たりを付ける。
「つまりベータ版をクリアーしないと、製品版はゲーム出来ないって事なのかな?」
製品をやらせる前に振るいに掛けるなんて、なんていうヘンテコな商品展開の仕方だと苦笑いしながら、紡玖は疑う事無くそのリンクを指で押すと、新しい映像が流れ出す。
今度のは最初に円がグルグルと回り始め、次にその中に線が引かれて行く。
やがて典型的な六紡星魔方陣が完成し、線が光り出す。
そこで一旦映像は『本当に良いのですか』という文字が浮き上がると共に、アクション待ちの保留状態になった。
「勿論、やらせて頂きますとも」
右の人差し指で画面を軽く押す。
すると『ご招待いたします。新しい魔王候補の下へ』と文字が浮かび上がると、見ている画面からカメラのフラッシュの様な光が放たれた。
咄嗟の事で反応が送れて目が眩んだのか、紡玖は目をギュッと瞑りながらその前に手を翳して、光から顔を背けようとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます