魔王候補の傅役(アタベク)さん

中文字

プロローグ

 天蓋付きのキングサイズベッドに、それに見合った広い部屋。内装に使用された家具は、使い手を慮った使い勝手と、それにそぐわない程の芸術品と言える見た目を両立し、職人が技術の粋を凝らして作られていると、見ただけの物にも悟る事が出来る。

 女性ならば誰もが憧れるような、いっそ空想の世界(ファンタジー)な部屋の姿を見て、羨ましさから溜息を吐き出すことだろう。

 今ベッドの上に寝ている人物――田辺紡玖(たなべつむぐ)は、盛大に長々と溜息を吐き出した。しかしそれは困ったような、それでいて無力感を嘆く様な、重い溜息だ。

「こんな場所に連れてこられて、魔王の教育係――傅役(アタベク)になれって言われ、面倒を見るまではまあ納得したし、覚悟もしたけど」

 掛け布団の中でまんじりとした感じで、小さな声音で愚痴を呟いてしまっている。

 それは彼自身以外の、誰の耳に届く事も無く、虚空の夜闇に吸い込まれて掻き消えてしまう。そう彼の隣に寝ている人物にも、決して届く事は無い。

「それでどうして、小さな女の子と、添い寝をする事になっちゃっているかなぁ……」

 直ぐ隣――同じベッドに入っているのは、ビスクドールの様な端正な顔の造形の、絹糸のように細く滑らかな茶色の髪に、抜けるような白肌の頬。安心している様子で、あどけない表情で眠り扱けている小学生低学年程度の幼子。その姿を直視したら、大の大人でもうっかりすれば小児性愛者に転落してしまいそうな、そんな存在が紡玖の服をギュッと掴んで横に居る。

「これで魔王の候補、その予備軍だって言うんだから……」

 それに続く言葉を、隣に寝る子供がむずがった為に止め、その額に掛かる長い前髪を横に払うついでに、そっと頭を撫でる。

 すると更に安心したように頬を緩めて、むにゃむにゃと何か言葉を発するその姿に、思わず紡玖の頬も緩んでしまう。

「ちゃんと、魔王候補にしてやらないとな」

 なので続いて発せられた『魔王』という物騒な言葉は、この部屋の雰囲気と二人の様子を端から見ると、ちぐはぐな感じを抱かずにはいられないのであった。

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