第10話 気長に行こう
朝食を確りとフマムュが取った事と、部屋の何処に潜んでいるのかが分かったので、昼食と夕食には食事を載せたワゴンをそっちらへと寄せておいた。
ちなみについ先ほど終わった夕食にはパンの他に、チッテッキュに捕まえてもらった野鳥をさばいて、骨は臭み消しの香草と共に煮て具無しの鳥がらスープに、肉は塩と胡椒で下味をつけて油を敷いたフライパンでじっくり中まで火を通しただけの、実にシンプルなものを出した。
朝と昼に暖かい食事を提供してくれる紡玖の事を、フマムュは少しは信用したのか、チッテッキュが部屋から出ると直ぐにベッドから這い出してきて、チラチラと紡玖の様子を伺いながら食事を始めた。
そんなフマムュの警戒感を刺激しない様に配慮して、紡玖は朝昼と同じ様に長椅子の上で丸バレな狸寝入りをした。
すると安心したかのように遠慮の無い様子で食べ始め。食べ終わるとまたベッドの下へと戻っていった。
「しかし、これで良いのですか?」
つい今しがたあった光景を回想していると、隣で使った食器や調理道具の片づけを手伝ってくれていたチッテッキュから詰問口調の声が。
「ちゃんと食べてくれたし、何か悪い事でもあったかな?」
はて何についての事なのか分からないので、小首をわざと傾げて見せてみると、少し苛立った様子でチッテッキュは濡れた手をエプロンで拭いだした。
そしてキッとチッテッキュが睨みつけてくる。
「教育期間は一月しかないのです。その内の貴重な一日を、ただ食事を取るだけで費やしてしまうなど」
「でも、姿見せてくれたのは進歩でしょ。それに俺の世界じゃ『食育』なんて言葉があるくらい、食事は教育に大変なウェイトを占めているんだし、これも教育の一環でしょう?」
「なんだか言い包めようとしている気がしますが」
「なんか、俺への対応に地の部分が多量に出てきてませんか?」
嘘は言ってはいないものの方便は使っているため、話を逸らしのためにメイドとしてどうかと思えるほどに、露骨に疑わしげな視線を投げかけてくるチッテッキュ自身の事に話題を移行。
露骨に過ぎるものだったが、それでもチッテッキュは自分の思い描いているメイドとしての形が崩れつつあることの方が重要なのか、ハッとした様子で顔をぺたぺた触って、メイドに相応しいと思っているであろうニコヤカな表情を取り戻そうとしている。
そんな少々可愛らしい仕草を見ながら、夕食の準備から気になっている事にどうしても我慢が出来なくなってきた。
「……あと、これ言うかどうか迷ったんですけど。この頭にある葉っぱは、オシャレなんですか?」
濡れた手を服で拭いつつ、手を伸ばしたのはチッテッキュのアップで一纏めにした髪。
其処には確かに一枚の葉っぱが、髪に差し込まれたかのようにくっ付いている。
それを手に取って見せてみると、チッテッキュの褐色の頬が面白いように羞恥と見られる感情で真っ赤に染まった。
「案外、チッテさんて抜けているんですか?」
その態度から、どうやら野鳥を取りに行った時にくっ付いたのだろう。
メイドとしては終始ニコヤカで、地では荒々しく取っ付き難い印象だったため、そういうちょっとした欠点が親しみ易さを覚え、思わず紡玖は微笑んでしまう。
しかしその事がチッテッキュの何かに触れたのだろう、差し出した葉っぱを摘み上げて調理屑の箱の中に入れた時に、無言で胸倉を掴んできた。
「え、ちょっと、何でしょうかコレ?」
「……貴方は何も見なかった。私は完璧で有能なメイド、チッテッキュ。宜しいですね」
顔は地の恐ろしいまでのガン付けなのに、口調は丁寧なメイドのもの。
逆にそのことが恐ろしくて、ブンブンと頭を上下に振って、その言葉に従う意思を見せる。
それで満足したのか胸倉から手を放し、寄った皺を手で伸ばした後で、すたすたと調理場から出て行こうとする。
一体何処にそんなに怒る部分があったのだろうかと紡玖が考えていると、調理場の出入り口付近でチッテッキュはくるりと反転して向き直る。
「お嬢様に多少気に入られたからって、調子にノンなよ、この馬鹿!」
見事なまでの捨て台詞を吐いて、廊下の向こうへと消えていった。
暫しポカンとしていたが、ふと重大なことに気付いた。
「あっ。今日は俺、何処で寝ればいいんだ?」
フマムュの部屋の扉は、何時もチッテッキュが鍵で開けていたのだから、このままではあの部屋に入れない。
まさか怒らせてしまったチッテッキュに向かって、流石に「部屋に入りたいから鍵開けて」等と頼める程厚顔でも無いため、暫くあれこれ考えた後で駄目で元々の気分でフマムュの部屋の扉を三回ノックする。
そのままノックの音が廊下から反響して消えるまで待ってみたが、何の物音も扉の向こうからは聞こえてこない。
まあ流石に出会って一日二日の人物を部屋に入れようとは思わないかと、適当な場所を探しに歩き出そうとした時、がちゃっと扉の鍵が外される音が聞こえてきた。
何かの聞き間違いだろうと扉に手を掛けてみたら、ちゃんと鍵は開いていた。
「えーっと、入りますよ~」
なるべく警戒させないように気を付ける意味合いを込めて、そう言葉を掛けながら扉を開ける。
薄暗い部屋の中、ベッドの影にフマムュのブラウンの髪が揺れて消えるのを見えた。
今まで狸寝入りしてない時は姿を見せもしなかったけど、部屋に迎え入れるまで信用してくれているのかと、嬉しい気分に浸りながら紡玖は長椅子の上にごろりと横になる。
この世界に付いてくるというスマホを取り出して、時計の画面を呼び起こして見ると、時間はまだ七時前だった。
スマホでゲームでもしようかと弄ってみるものの余り気分が乗らず、電源を落として手持ち無沙汰な気分で目を閉じてみる。
まだまだ眠れそうも無いが、それでも目を閉じていればいつかは眠れるだろうと、ゆっくりとした呼吸を繰り返していった。
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