第11話 日常に戻り

 朝目覚めて見慣れた自分の部屋を見て、無事に元の世界に戻ってきたと実感する。

 しかしこちら側では学生としての生活と、向こう側では教育係りの生活かと、そう重く考えてみると何故か前途多難な気がしてくるから不思議だ。

 困った事になったなと、消していたスマホの電源を入れて時計を見ると、こちらも困った事になっていた。

「や、やばい!寝過ごした!」

 何時もより三十分も遅い時間が表示され、大慌てでバシャバシャと荒々しく顔を洗い、時間が無いのでバタバタと手抜きの朝食とお弁当を作り、部屋に戻りいそいそと登校準備を済ませ、玄関口でワタワタと革靴を履いて家を出る。

 時刻を確認すると、歩いて登校したのでは遅刻かどうかは微妙な所。

 なのでとりあえずは走る。

 同じく遅刻寸前なのだろう走っている生徒と道中出くわしながら、無事に遅刻で閉じられる前に校門を抜け、下駄箱から上履きを取り出し履き替えて、廊下で弾んだ息を整えながら教室まで。

 自分の席に着き、まだ収まらない息を突っ伏しながら吐いていると、ふと身体に影が掛かる感覚を覚えた。

 ハーハー言いながら顔を横に向けてみると、そこには友人である蒔田の姿があった。

「よーよー。如何したんだよ、何時もは余裕あるのに遅刻寸前なんて。面白いゲームで徹夜か」

 そう満面の笑顔を湛えながら言ってきた。

「なんだ、ずいぶんと、うれし、そうじゃ、ないか……」

 段々と息は整ってきたが、今度は喉の渇きを自覚して言葉が切れてしまう。

 しかしそんな疲労困憊な様子を気にした様子も無く、蒔田は「じゃじゃーん!」と言いつつ彼のスマホを突き出して見せてきた。

「ふっふっふ。終に見つけたのだよ『まおいくベータ版』をな!」

「な、なんだってー!?」

 と、酸欠で鈍い頭で取り合えずノリに乗っかってみたものの、その意味を理解して二度驚く破目になった。

「え、ど、何処にあったんだよソレ」

「いやー、昨日あの画像見せてもらってさ、どこかーで見たことがある絵柄だなーって、取っておいた同人誌をひっくり返したらよ。ケモナー合同誌の寄稿の中に、まさにドンピシャなヤツが見つかってさ。後は作者の名前から『シャベッター』を特定し、そこからネット検索に次ぐネット検索で漸く見つけたのさ!」

 そこからはどれだけ大変だったかを、あれこれ語って聞かせてきたのだが、それ所ではない。

 このままこのゲームを進めていくと、最終的に異世界に召喚されて魔王候補の『アタベク』なるものにされてしまうのだ。

「それは大変だったな。それで今はどんな感じ?」

「ん、ゲームのこと?まあまだ始めたばかりだから、イージーモードのクリアーを重ねているところ。まだノーマルは出てきて無いし」

「そ、そうか。なあ話は変わるが、異世界に召喚されてみたいって思うか?」

「何々、行き成り厨ニ病の話題かよ。うーんそうだなぁ、異世界にもよるけど……獣人とか亜人が居そうなファンタジーなヤツなら行ってみたいかな。昆虫ぽかったり、鉄と油や怪しい動力で動くロボットの世界だったらご遠慮願いたいかな。アクション系苦手だし」

「じゃあ仮にその『まおいく』をクリアーしたら、そのファンタジーな世界に行けるとしたら、どうする?」

「よくラノベにある展開ってこと?そうだねぇ、アニメとかゲームとかが出来なくなるのは寂しいけど、それでも行ってみたいかも。なにせ一人のケモナーとしては、一目でいいから生の獣人を見てみたい!」

 ディープなオタクだとは思っていたが、身構えつつそう言い放つことが出来るほどとは、とちょっと引き気味になりつつも、周りからはそれと同類視されている現状に少しだけ涙が出そうになる。

 そこで担任教師がやってきて、ホームルームが始まった。

 連絡事項を紡玖は早朝ダッシュの影響で少しぼんやりとしながら聞きつつ、思い描くのは教育係りになったフマムュの事。

 なにせ一人っ子だし両親共働きの家庭で育った為、年下の相手をする経験などは無い。

 ましてや相手が女の子だとどう扱って良いのかすら分からない。

 そう考えると、昨日は『隠れる相手への餌付け』という選択肢が取れたことは行幸だった。

 さてどうしようかと考えて、誰かに相談するのが得策だろうかと思い至る。

 しかし相談できる相手など、悲しいかな心当たりは一人しか居なかった。


 一時限目が終わり、二時限目との間にある休み時間。

 紡玖は教室から出て、三つ隣の教室にやってきた。

 そこに思い至った相談相手こと、子沢山家族の上から二番目の長女である、立花優陽が居るはずの教室。

 小中と他の教室にやって来た事などほとんど無かった為か、極度の緊張感に包まれながら教室の引き戸を開ける。

 談笑し合っている幾つかのグループの内の何人かが、見知らぬ人物――この場合は紡玖、の方へと顔を向けてきた。

 何で注目してくるんだろうと、ちょっとだけ怖気づきながら、近くに居た男子に声を掛ける。

「あの、優陽――立花優陽さんを呼んでくれませんか?」

 同学年相手だというのに、どうしても初対面の相手には丁寧な口調になってしまう。

 声を掛けられた男子は紡玖の顔を少しだけ興味深そうに、と言うよりは何か悪戯を思いついたようなニヤニヤ顔で見ていたが、教室内に振り向きざまにこう言い放った。

「おーい、タチバナー!彼氏様がご登場だぞー!」

 その一言に教室内がざわつく。

 何せ恋に恋するような年頃。彼氏彼女の話題には興味津々だろう。

 そういうのを見越しての、男子生徒の発言だと思われる。

 しかし突然その矢面に立たされた優陽にとって、たまったものではないだろう。

 その証拠に、紡玖の顔を見て席を立つと、しきりに周りへに「そんなんじゃないからね」と言いつつ近づいてくる。

 そして不穏当な発言をした男子の頭を平手で叩き、文句が出る前に尻に蹴りを入れて追い払う。

 やんちゃな弟妹の相手をしていた関係からか、優陽の手と足の出はかなり軽い。無論火力は控えめなのは付け加えておこう。

 逆にその感じが、フマムュの教育へのアドバイスが欲しい紡玖にしては心強い。

 だがこの状況を巻き起こした事は、謝らなければならないだろう。

「なんか御免。大事になっちゃったみたいで」

「いいっていいって。それで、なにさ。教室にまで乗り込んで来るなんて、何か大事な用でもあるの?」

「大事って言うか、相談事に乗って欲しいんだけど……」

 紡玖と優陽が気安い間柄だと見て取ったのか、周りの視線が強まるにつれて、段々と言葉尻が窄んでいってしまう。

 黒髪短髪の中性的な容姿と竹を割ったような性格から、男女共に優陽は人気があるので、もしかしたらもしかするかと周りが期待の眼差しを向けてくるのは仕方が無いとは分かっていてもだ。

「相談だけなら何時でもいいよ。じゃあ放課後の帰りすがらにでも話してよ」

 しかし当の優陽本人はその視線を気にも留めていないのか、何事も無いかのようにそう返答すると、用事はそれだけかと視線で尋ねてきた。

「あ、ああ。じゃあ放課後に」

「じゃあ放課後に、校門の前で待ち合わせって事で」

 確りと約束を取り付けたので、立ち去ろうとしてふと後ろを振り返ると、周りの席の女子たちから質問責めにあっている優陽の姿が見えた。

 なんか厄介な事をしちゃったなと、何か甘いものを相談料代わりに買ってあげようかなと思いつつ、自分の教室へと戻る。

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