第4話 朝起きて

 ジリジリとベルが鳴る音で、紡玖は眠りの世界から引き摺り起こされる。

「うぅ~~……」

 喧しく鳴り響く目覚まし時計を、ノロノロとした動きの手で止めると、暫しその格好のまま停止。

 しかる後にがばっと上体を起こして、暖かい布団の誘惑から逃れ出る。

「ふわぁ~~~……」

 欠伸で目じりに浮かんだ涙を手で拭いつつ、首をぐるぐると回してストレッチを行う。

 軽く解れた所で立ち上がり、洗面所へと向かう。

 蛇口を捻り、四月の終わりだと言うのにまだ刺す様に冷たい水道水を顔に浴びせ掛け、濡れた顔から滴る水を手探りで引き寄せたタオルで洗う。

 鏡に映る自分の寝ぼけた顔を見つめつつ、洗面所から出ようとして、はっと何かに気が付いた様に大慌てで部屋へと戻る。

 そして見慣れた内装と、寄れた安物のベッドシーツを確認。

 さらには窓から見える、生まれてからずっと見ているが変化の乏しい住宅街の光景を見て、安心したようなガッカリしたような気分で身体の力を抜いた。

「なんだ~、夢かよ~~」

 ガリガリと頭を掻きながら変な夢の光景を追い出そうとして、はっとスマホを取り出して、アイコンに指で触れて一つのアプリケーションを起動する。

 それは取ったスクリーンショットを保存してある、画像フォルダを呼び出すもの。

「まさかあのハードモードのクリアーも、夢じゃないだろうな……」

 数秒間の読み込み時間も待てない様に、人差し指が揺ら揺らと揺れる。

 程なくして呼び出した画像フォルダの一番最新の所に、クリアーの証であるあのスクリーンショットが難なく表示される。

 念のためにタップして、問題なく画面いっぱいに表示出来る事を確認してから、ようやくクリアーしたのだと安心出来た。

「はぁ~~……しっかし、何処までが夢だったんだろうか……」

 首を捻りながらスマホを部屋着のポケットに入れ、仕事の疲れで寝ている両親を起こさない様に台所へと向かう。

 小さな町工場の雇われ技術者の父と、中小企業を受け持つ会計士である母という、始業が遅く終わりは時期によって変わる両親の代わりに、小学校中学年から朝食と夕食を作るのは紡玖の日課なのである。

 冷蔵庫を開けて、賞味期限の近い物から食材を選ぶ。

 買い置いてあった徳用ウィンナーの日付が近いし、卵も残り少ないので、今日の朝は目玉焼きのウィンナー添えで決定。

 炊飯器の中のご飯を大皿に入れ替えて、電子レンジで温める間に、ウィンナーを適当な大きさに切り、フライパンに油を敷いて暖めておく。

 温め終わったご飯と昨日の夕食の残り――ポテトサラダと牛肉の辛し味噌炒めを、弁当箱に詰めていく。

 フライパンが温まったところでウィンナーを投入し、パチパチと音が鳴っているのを聞きつつ、野菜室からキャベツ、ニンジン、キュウリを出す。

 朝はパン食の母用に簡単なサラダを、米食の父様に味噌汁を作って置くのが常なので、キャベツをサラダ用に千切り味噌汁様に乱切りに、ニンジンは全て薄い短冊切りに。キュウリはスティック状に切ってたから、父用に酢味噌を作る。

 ウィンナーの切り口が反り返ってきたので、軽くフライパンを振って炒めつつウィンナーを散らし、その上に向かって卵を割り入れる。

 パチパチと油が跳ね、卵の周りが固まってきたのを確認してから、少量の水を加えて蓋をし、蒸気が蓋の間から勢い良く出てきた所で、火を止めて蒸らしていく。

 目玉焼きが出来上がりを待つ間に、小鍋を取り出し水と顆粒の出汁の元を入れて、火にかけて湯を沸かす。

 戸棚の小鉢を手に取り、その中に千切りキャベツを敷き、続いて薄切りニンジン、最後にスティック状のキュウリを刺し入れ。

 湧いた小鍋の中に、乱切りキャベツ薄切りニンジンを入れて蓋をして、余ったスティックキュウリを皿の上に置き、酢味噌を添えた。

 残った千切りキャベツで弁当箱の余った空間を埋めてから、弁当を袋の中へと押し込む。

「それじゃあ、いただきまーっす」

 台所に立ったまま茶碗にご飯をよそり、箸で切り分けた目玉焼きをフライパンから直接その上に乗せ、軽く醤油を振り掛けてから、パクパクと食べ進めていく。

 行儀は悪いのだが、この方が洗い物が少なくて済む。

 途中で野菜の切れ端なんかも摘みつつ朝食を終えた紡玖は、使った茶碗と箸を洗いながら視線を時計へと向ける。

 時間は七時半。

 登校するには少し早いが、しかしじっとテレビを見ていられる時間と言うわけでもない。

 なので洗い物をシンク横の水切り籠の中に入れてから、弁当の入った袋を手に持って部屋に戻り、今時珍しい詰襟の学生服に袖を通す。

 スマホや財布に学生証など、必要な物があるかを手で触れて確認してから、玄関へと向かう。

「時間は七時四十分。それじゃあ、行って来るよー!」

 両親を起こすために時間を告げて玄関の扉を開けると、寝ぼけた調子で「いってらっしゃい」と返事する両親の声が。

 それを聞きながら、紡玖は学校へ向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る