第33話 認定試験の日
試験の前日の夜。
紡玖はフマムュの検定試験が気になって、自分の中間試験の勉強も手に付かなくなった。そのため、早々にベッドに入り込んで眠る。
ぱちっと目が覚めれば、異世界だ。
ちゃんと天蓋付きのベッドの中に入ると確認して、隣に寝ているフマムュを起こさないように気をつけながら、まんじりとしつつ夜が開けて日が昇るのを待った。
「くあぁ~~……うぅぅ……」
なのでフマムュの試験当日だというのに、緊張感の欠片の無い大欠伸をしてしまっても仕方が無い事だろう。
「お嬢様の大事な日だと言うのに、なんですか何時も通りのその間抜け面は。もう少しシャンとして下さい」
「そーだよアタベク。きんちょうかん!」
「はい、すいません」
この一週間で仲が大変宜しくなった、チッテッキュとフマムュのツープラトンの言葉に、思わず謝罪の言葉が出てしまう。
ちなみにチッテッキュはメイド服姿のままだが、フマムュは何時でもお呼びが掛かってもいいように運動着姿である。
しかし欠伸が出たのは、何も寝不足からというだけではない。
「でもさ、普通試験って言ったら朝からだろうに、もう昼過ぎちゃってるよ。本当に試験は今日あるんだよね?」
つまり試験の日だと言うのに、何の知らせもやってこないのだから、暇を持て余して欠伸してしまっても仕方が無いだろう。
「ええ……その筈ですが」
問い掛けられて不安に思ったのか、チッテッキュの表情が少しだけ曇る。
本当にちゃんと試験があるのかなと、有り合わせの材料で簡単に作ったサンドイッチを頬張る。
中身の塩漬け肉を焼いたものがいい塩梅にしょっぱくて、薄味に作ったパンに良く合う。
フマムュもチッテッキュも、サンドイッチをぱくつく。もっともチッテッキュの方は、肉の代わりに日本で買って持ってきた、精進料理の代表格であり保存もしやすい高野豆腐で作ってある。
そんな風にパクパクと昼食を取っていると、行き成り三人の足元に大きな光る魔法陣が描かれた。
それを見て、この世界に来るためのツールである『まおいくベータ版』のクリアー画面を思い出した紡玖は、驚いて思わずサンドイッチを喉に詰まらせた。
慌ててテーブルの上にある木のコップを掴み、中の水を飲み干す頃には、周りの景色が一変していた。
「げほっ……なんだ、ここ?」
三人がサンドイッチ片手に座っているのは、石造りの長い椅子。それが段々となって、見上げるほどに続いている。
そして目の前にあるのは、直径百メートルはあろうかと言う、踏み固められた地面に薄く砂が撒かれた円形闘技場。
紡玖の世界にあるコロッセオを思わせる建物の中に、三人は転移していた。
「もしかしてここが、試験会場ってこ――」
「来ましたわね、待ってましたわよ!」
言葉を遮って、以前どこかで聞いたような声が闘技場に響く。特徴的な口調で誰なのか判りつつも、視線を声がした方向へと向ける。
闘技場の上の段から腕組み仁王立ちしてこちらを見下ろす、相変わらず赤黒い色調だが、以前より肌の露出が無くなったカクテルドレス姿になった、エリザポ-ノ・ピアース・ヴォーヴァルファットが居た。
その如何にも敵キャラですと言わんばかりの光景を見ながら、手にあるサンドイッチを一口食べつつ、ふんぞり返っているエリザポ-ノへ言葉を掛ける。
「そういう演出したいのは分かるけど、降りてきた方がいいんじゃないか?」
傾斜角度の高い石段状に観覧席が組まれているため、その一番下の席に座っている紡玖の目線からだと、エリザポ-ノのドレスの中が見えそうで見えない感じになっている。
なので風が吹こうものなら――
「え、きゃぁ!」
慌てて押さえても遅いぐらいに、軽く翻っただけで下着が見えてしまうわけである。
しかし普通の――と言ったら語弊があるが、良くアニメにある縞パンとかプリントのではなかった。
そんな味気ないパンツを履いている時点で、蒔田が彼女のアタベクだという可能性は無いと、紡玖は考える。
なにせ蒔田なら「幼い子に縞パンは鉄板だ。だが少し成長した子にあえて履かせるミスマッチも、また良いんだよ!」と熱弁して、教え子に履くことを強要しそうだからだ。
「み、見ましたわね!」
その位置が漸く危ないと理解したのか、憤然とした様子で軽く手で押さえたまま観覧席を降りてくる。
しかしスカートを紡玖が捲ったのだとしたら怒られても納得行くが、風の悪戯で見えたのは不可抗力だし、何で怒っているのか理解に苦しむ。
家事をしていて母親の下着を洗って干している紡玖には、下着が見えたからラッキーと思える感性は持ち合わせていないのだ。
「これはアタベクが悪いので、謝罪した方が宜しいかと」
「えぇ~、俺が悪いの?」
サンドイッチを食べていたフマムュが、どうして紡玖が怒られているのか、と分かっていない様子なのが少しだけ救いだ。
でもぷりぷりと怒りながら降りてくるエリザポ-ノを見ると、このままでは平手打ちされそうなので謝って置くことにした。チッテッキュよりも数値が高い馬鹿力で殴られたくは無い。
「さあ、謝罪を要求――」
「申し訳ありませんでした!こっちが一方的に悪う御座います!」
「え、あ、はい。謝罪して頂けるのならば、それで宜しいですわ」
力いっぱい謝罪をすると、調子を外されたエリザポ-ノは思わずそう許してしまう。
そして狂った調子を戻そうと咳払いを一つしてから、運動服姿で紡玖の後ろに居るフマムュに視線を向けた。
「こほん――逃げずにここに来た事は褒めて差し上げますが、相変わらずアタベクの背後に隠れるなど、魔王候補の自覚が無いのではなくて?」
魔方陣で転移させられて、逃げるも何も無いと思うのだが、まあ雰囲気とか演出というやつだろうと納得しておく。
そして言葉を向けられたフマムュは、紡玖の後ろに半分隠れるようにしつつ、エリザポ-ノにあっかんべーをしてから、さっと完全に隠れる。
「ムカァ!何ですの、あたくしを馬鹿にした様なその表情は!」
あれをやれと教えておいたのは紡玖なのだが、フマムュが出来るとは思わなかったし、エリザポ-ノがこれほど怒るのも想定外だった。
「こらエリィ、試験前に喧嘩しないの!」
このままでは紡玖を間に挟んだまま、エリザポ-ノが飛び掛るかと思えたとき、誰かの声が掛けられた。
恐らくエリザポ-ノのアタベクであろうその声は、明らかに女性のものだった。
女性の知り合いで、かつ『まおいくベータ版』をクリアーしそうな人物に心当たりが無かったため、紡玖が顔を見ようと声のした方を向いたのだが、そこに居たのは知らない人物だった。
履き慣れた様なスニーカーとタイトな綿パンツ、黒のインナーにジャケットという服装から察するに、紡玖の世界の人間には間違いは無いだろう。
だが見た目二十台に差し掛かるかという大学生風の女性に心当たりは無い。
「しかしユウ、あちらが挑発してきたのですわよ!」
「そういうのは検定試験でやり返せば良いの。あ、久しぶりー、元気にしてた?」
と親しげに喋りかけられても、思い当たる人物がいないので混乱するだけである。
「えーっと、思い出せないのですけど、どこかでお会いしましたか?」
「ぶふっ、あはは。なにそれ冗談?優陽よ。ゆ、う、ひ」
自分の顔に指を向けて『優陽』であると自己紹介する女性。
その名前を持つ知り合いは一人しか居ないが、昨日も買い物の最中に会ったあの優陽と目の前に居る人物が同じとは思えなかった。
しかし成長した優陽であると仮定すると、なるほど太眉は整えられ艶やかな黒髪は肩甲骨下まで伸びてはいるが、相変わらず男前な雰囲気を醸し出すその立ち姿は、確かに優陽の特徴と一致していた。
「……は、はあ~?ちょっと待て、老け過ぎだろう!?」
「ちょっと、久しぶりに会ったらって、老けてるって感想は無いんじゃないの!」
たった一日でこんなに老け込むものかと驚いてみたものの、優陽の「久しぶり」という言葉に引っ掛かりを覚えた。
「久しぶりって、昨日も会った――」
「アタベク。この人、知ってる人?」
くいくいと袖を引っ張られて顔を向けると、疑問符を浮べているフマムュが居た。
「ああ、知っている人だよ。立花優陽って名前の腐れ縁の幼馴染。ちょっと老けたけど」
「また老けてるって……まあ良いわ。貴女がフマムュちゃんね。エリザポ-ノ・ピアース・ヴォーヴァルファットのアタベクをしている、立花優陽よ。ユウヒって呼んでね」
フマムュは優陽から伸ばされた手を見て、紡玖の方を見上げる。大丈夫なのかと言いたげだ。
なので安心させるように頭を一撫でしてそれに答えると、フマムュは恐る恐る手を伸ばしてきゅっと握る。三度ほど上下に手を振ってから、ぱっと放してフマムュはまた紡玖の後ろに隠れてしまう。
やっぱり初対面の相手には、まだ臆病な部分が出てしまう様だ。
「過保護にしすぎなんじゃないの?」
「こっちの苦労も知らずに良く言うよ」
これでも出会った当初よりは、フマムュの性格が大幅に改善されているのだから、そう言わないで欲しいと紡玖は思ってしまう。
「さてじゃあ挨拶も終わった事だし、十分後に試験開始ね。場所はあの闘技場の中で、魔王候補と試験官の一騎打ちよ。試験が始まったら双方のアタベクの手助けとアドバイスは禁止、ああそっちのエルフの人も援護したら駄目だからね。それじゃあ健闘を祈っているわ」
「ふんだッ。あたくしを侮辱した事を後悔するほど、ぶちのめして差し上げますわ!」
優陽の横で大人しくしていたが鬱憤は溜まっていたのだろう、吠えるようにそう言って立ち去っていった。
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