第34話 試験開始
サンドイッチを食べ終えて、チッテッキュに手伝ってもらって軽く身体をストレッチしたフマムュは、一人で闘技場までの暗い通路をおっかなびっくりと歩いていた。
何時も傍らに居てくれた紡玖に、最近仲良くなったチッテッキュも居ない事が、心細さに拍車を掛けた。
だから早く光のある方へという気持ちで、闘技場までやや早歩きで向かう。
闘技場に出ると、暗いのに慣れていた目が明るい日の日差しに眩んだが、パチパチと瞬きする間に明るさに慣れていく。
少しして反対方向の出入り口から、赤黒いドレス姿のエリザポ-ノが出てくるのが見えた。
遠くであまり見えないが、呆れている表情が浮かんでいるように感じる。
「そんな防御の役に立たなそうな衣服で、あたくしの攻撃を受けきれるとお思いなら、余りにも見くびり過ぎてますわよ?」
なにか勘違いしている様子のエリザポ-ノだが、フマムュはそれを訂正する事無く、紡玖に教えてもらった緊張を緩和する呪文を唱える。
「これは遊び。チッテッキュとやったあの遊び。手をさけて、足をさけて、壁にぶつからなかったら、わたしの勝ち」
「何をぶつくさ言ってますの、もう試験は始まってますのよ!」
百メートルほどの距離を、走りながら近づいてくるエリザポ-ノをじっと見る。
チッテッキュより遅いから焦る必要は無いって、紡玖は言っていたからと思い出しながら。
振りかぶったエリザポ-ノの拳は、当たるととても痛そうだ。
『けどそれは当たればの話です』
とチッテッキュの言葉を思い浮かべ、伸びてきたエリザポ-ノの拳を怖々とかわしてから、闘技場の中央まで大きく逃げる。
チッテッキュに作ってもらったこの服が動き易くて、今と同じなら試験が終わるまで逃げられそうに思えた。
「あたくしの拳を避けましたわね!」
ワナワナと震えるエリザポ-ノの身体から噴出した魔力が、その身体を包み出すのが分かる。
あれは紡玖が教えてくれていた『夜王の鎧』という魔法だろう。身体能力を強化する働きがあるとチッテッキュが解説してくれていた。
「このぉ!!」
確かにさっきまでよりは早くなって、当たったらもっと痛そうな感じがしてくる。
でも――
「チッテッキュの方が早かったもん」
フマムュに避けられない速さじゃない。
「この、ちょこまかと、逃げるのはお止しなさい!!」
それにチッテッキュは手や脚を繰り出すのを布石にして追い込んでくるのに対して、エリザポ-ノの攻撃はただ殴ろう蹴ろうとしているだけで、簡単に思い通りの場所へ移動出来る。
これならずっと逃げていられると思って、油断したら駄目だよ、と紡玖とチッテッキュに言われた事を思い出した。
そうだ何があるか分からないという気持ちでいなければと、気分を引き締めてフマムュはエリザポ-ノの拳を避ける。
でもチッテッキュの様に手加減されているわけでもなく、紡玖の様に簡単ではない相手のエリザポ-ノとのオニごっこは楽しくて、怖いとか隠れたいという思いが出てこなくなっていた。
「そんなにちょこまか逃げるのでしたら、周囲ごと吹き飛ばして差し上げますわ!」
手に魔力を集中させたエリザポ-ノが宙高く飛ぶ。
エリザポ-ノの特技の中で、一番警戒しないといけないと言われていた『断罪の鉄槌』の前動作。完成すれば飛び上がった状態から急降下して地面へと打ち下ろした拳から、周囲に衝撃波を撒き散らす大技。
でも実際にチッテッキュに似た技を見せてもらっていたし、回避方法も聴いていたので、その通りに行動する。
先ずはくるりと回れ右して、ひたすら真っ直ぐに逃げる。そして後ろからゴンっと地面を叩く音が聞こえたら、思いっきり上にジャンプ。
そうすると足元を衝撃波が通過して行って、言われていた通りにノーダメージで回避できた。
「むっきー!逃げてばっかりいないで、正々堂々と戦いなさい!」
「あっかんべ~っだ!」
「こ、このぉ……お待ちなさい!」
エリザポ-ノは怒りやすそうだから、こう挑発してあげなさいと教えられた通りにやると、顔を真っ赤にして追いかけてきた。
そんなに真剣に遊んでくれるエリザポ-ノに笑いかけながら、フマムュは更に避けて逃げていく。
ちらりと観覧席にいる紡玖の方を見てみると、ちゃんと笑って見ていてくれるので、安心してエリザポ-ノの攻撃を避けていく。
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