第35話 成長した幼馴染と傍迷惑な魔王様
二人の追いかけっこを観覧席の最前線で見ている紡玖は、フマムュが教えた通りに行動している事が分かっていても、内心ハラハラしっぱなしだった。
「笑顔が引きつってますよ。もう少し自然に出来ないのですか?」
「む、無茶言わないでよ。これで精一杯だよ」
それでも笑顔を無理矢理にでも浮べているのは、フマムュの精神安定の為に講じた策で、紡玖が笑って見ている間は予定通りに行動出来ているので、安心するようにと言い含めていたからである。
「おーおー。あんなに見事なまでに避けられると、エリィに喧嘩殺法教えたこっちも落ち込むわね」
「って、何をこっちに来ているんだよ。一応お前は敵なんだから離れてろよ」
「なに寂しい事言ってるのよ。別にいいじゃない何処に居たって、って何その笑顔。気色ワル!」
笑顔を止める事は出来ないため表情は変わらないが、それでも面と向かってそう言われると落ち込んでしまう。
「……まあ良いや。というか気になっているんだけど、お前はどうしてアタベクやってるんだよ」
あの優陽がソーシャルゲームをやるだなんて、全く想像がつかない。
「いやー、大学の授業料は奨学金で何とかなっているんだけど。生活費を稼ぐのに良いバイトが無いかなって時に、大学の掲示板に張り出された求人に子守があったから、給料良いしやってみるかって。まさか魔王の候補を育てるとは思ってなかったけどね」
エリザポ-ノが試験通過してからは日給金貨一枚だよと、嬉しそうに語ってくる優陽。
だが少し気になった部分がある。
「大学って、いま何歳なんだよ」
「同い年なんだから十九に決まってるでしょ」
「いや、俺十五歳なんだけど?」
同い年の筈なのにと嘘言ってないかと首を傾げる優陽とは別に、紡玖は明らかに優陽が成長しているので年齢の事は納得し、逆になぜ未来の優陽がここにいるのかを不思議に思った。
「そのことについて説明してやろうではないか!」
そこで唐突に聞き慣れない声がしたのでその方向に顔を向けてみると、頭に卵の貝殻の様な帽子を被り、真っ黒なマントで身体を覆った、小学校を上がったが上がらないかぐらいの年齢の、中性的な顔立ちの人物が居た。
一体誰だろうかと視線を向けていると、近くに居たチッテッキュが大慌てで膝を地面に付ける臣下の礼をしだす。
「ま、魔王様。なぜこのような場所に?」
「うむ、久しいなチッテッキュ。しかし我の次に魔王に成るかも知れぬ者を見学に来るのが、何か不思議があるのかの?」
「滅相に御座いません。魔王様のお心を推し量れぬ、私の不徳の致すところでございます」
メイドの笑みを浮べていても、厚顔不遜な態度がどこかに見え隠れしているチッテッキュがここまで下手に出るとは。
本当にこの少年とも少女とも付かない相手が魔王なのかと見て、でも魔王っぽくは無いなと失礼な事を思ってしまう。
「まあその様な事は如何でも良い。汝らが不思議に思ってそうだから、アタベクの仕組みについて説明してやろうと声を掛けたのよ」
と始まった魔王様の偉い講義は、確立立方面の何たらがどうのとか、同位異界体を構成するあの仕組みがどうのやらとか、あとは聞き取れなかった英語っぽい名前の現象に付いてとか、高校生になったばかりの紡玖にとって、難しすぎて聴いているだけで頭が痛くなりそうな話が続いた。
「つまり纏めると、汝らは違う時間の流れの、似た世界線からやってきたので、汝らは汝らが知っているのとは別人という訳だの」
「最後の部分の、俺が知ってる優陽とここに居る優陽は、似ているけど全くの別人と言う事は分かりました」
「うむ。それだけ分かれば十分よ。では説明の報酬を頂こうかの」
ぴょんと軽く跳んだ魔王は、ぽすっと紡玖の膝の上に座った。
これはどういうことかと困惑していると、下から魔王が見上げてきた。
「汝は出身地が日ノ本だからか、死した我の親父殿によく似ておるのだ。なので膝ぐらい気前良く貸せい。あと頭を撫でるのを特別に許可してやるぞ?」
そう強請る姿が何故かフマムュに重なり、あと撫でないと何されるか怖いので、頭の天辺には帽子があるので後頭部を指で梳るようにして撫でる。
満足そうに息を吐く魔王を見て、まあいいかと視線を闘技場へと戻す。
小学生が着る運動服を身に付けたフマムュは、中央部分で楽しそうにエリザポ-ノが繰り出した左ストレートを綺麗に避けていた。
「しかし汝は面白い育て方をしたの。てっきり勇者の因子を持っておるから、もっと平均的な伸ばし方と、剣と盾の攻撃を教えると思っておったのだが。まさか逃げ一辺倒にするとは」
「……勇者の因子って、フマの事ですか。初めてそんな事聞いたんですけど?」
それを聞いて、膝の上から魔王らしくない大きな目をパチパチさせて見上げてきた。
「そうなのか?フマムュと名が付いたアレは、我の魔王の因子と、我が打ち倒した勇者から取った因子を、混ぜて作ったモノなのだ。チッテッキュから、そう聞いてはおらぬかの?」
「いや、魔王と人間の因子だとだけ聞いてましたが」
「ふむ、まあ間違いではないの。勇者も人間ではあるし」
視線は闘技場の二人を見つつ、魔王はそう考える様な仕草を見せた。
「まだ我が名を言っていなかったな。玉の子と書いてタマゴと云う。その名の通りに今でこそこんな姿だが、元は卵魔人という、卵に手足が付いたような身体を持った種族での。倒されると殻が割れて新たな魔物を吐き出すという、冒険者からしたら傍迷惑な種族なのだが。そこから転じて魔王となった我には面白い特技があっての」
胸の高さにまで上げた手を翻すと、ぽんっと煙と共に小さな卵が生まれ出てきた。
「この卵に生命体の因子を二つ以上入れると、新しい魔族が生まれるのだ。最初は気まぐれに色々と掛け合わせみていたのだが、どうせなら強い方が良かろうと、我が魔王の因子と面白そうな因子を混ぜた魔王候補を、この世に生み出したのだ」
どうだ凄いだろと言いたげな目を、手の卵を口に入れて噛み砕きつつ向けてくるが、紡玖にはどう反応したら良いか困ってしまう。
ファンタジーに出てくる魔王も同じ事をしているからな、と納得すればいいのか、それとも倫理の観点から生命を冒涜するなんて、と怒れば良いのか判らない。
そんな紡玖の芳しくない反応に、少しだけ調子を外されたような顔になった魔王は、気を取り直すように言葉を続ける。
「だが成功したり失敗したりはまちまちでな。勇者と魔王の因子をくっつけた卵は沢山作ったが、不安定ながら成功したのはアレ一つだけだった。だから期待を掛けておったのに、四将軍だったチッテッキュのヤツが教育に派手に失敗して、使えん様になって困っておったのだが。教育者を変えた事で、使えるようになりつつあるのは、良きかな良きかな」
フマムュだけでなく、生命を道具のように思っている節のある、膝の上にいる魔王に不信感を抱く。
「いまの部分だけ聞くと、本当に人でなしの魔王ですね」
「ふふん、そう褒めるでない。魔王として当然の振る舞いだからの」
と偉そうに胸を張った直後に、はぁーっと溜息を吐き出す魔王。
「まあ実際は勇者も魔王の椅子を狙う魔物たちも弱すぎて、てんで話しにならんので。もうこうなったら我が自ら好敵手を生み出すしかない、と決意したのが始まりよ。なので世界の二大強者である魔王と勇者の因子を持たせたアレが、いつかきっと我に並ぶ様になると期待しても良いだろう?」
魔王にフマムュの教育を失敗したと言われて、一目見ただけで落ち込んでいると分かるチッテッキュに、そんなに強いのかと視線を向けると、こそっと耳打ちして教えてくれた。
「歴代の魔王と勇者と比べても最強です。大抵の相手が一発の通常攻撃で終わってしまう程で。それではつまらないからと、魔王城へと向かう勇者の成長具合の確認と魔王の力を誇示するために、勇者のパーティーを全滅寸前まで追い込む事が多々あるのですが。やりすぎて勇者が再起不能になることもままあるのです」
何て傍迷惑なと魔王に視線を向けると、唯一の楽しみなのだから放っておけと言いたげに頬を膨らましていた。
「だけど今までの話でどうして『奇跡の光明』なんて、勇者専用の特技を覚えたのかの理由は分かったのは、唯一の収穫だな」
人間ではなく勇者の因子を持っているのなら、勇者の特技を持っていてもおかしくは無いだろう。
しかしそんな独り言を聞いていたらしい魔王が、突如くつくつと笑い始める。
「ほほぅ『奇跡の光明』とは面白いものを覚えたものよな。ふむ、丁度試験の時間も半分過ぎたし、このままでは埒が明かぬようだしの。変化を付けさせて貰うとしようかの」
膝に座っている魔王の手が上がり、上空に向かって魔力の塊らしい黒い球体を打ち上げる。
すると昼間で煌々と照っていた日の光が突然消え、代わりに空からは満月の柔らかい光が降り注ぎ、そして満点の星空が空に星座を描く。
「な、何をしたんですか!?」
「なーに。吸血鬼の因子持ちのあの小娘が、日の光が辛そうだったのでな。今から試験が終わるまでの時間、昼から夜に変えてやっただけよ」
「それって反則じゃ!?」
「ふふん、直接的な手助けをしているわけでは無いしの。それに魔王が行った事を咎められる程、気骨がある者がここに居るのかの?」
視線を回りに向けると、こっち陣営の話に入れず阻害され様に感じているのか不貞腐れている優陽と、目が合った瞬間にさっと横に逸らすチッテッキュの姿。
当てにならないなら自分がと口を開こうとして、チッテッキュにガッと肩を掴まれた。
余計な事をするなと言い表している様に、キリキリと締め上げるように掴まれて痛み出した肩に、思わず閉口してしまう。
「夜になって本来の力を手にした吸血鬼を相手する、アレの頑張りを見ようではないか。なあアタベクよ?」
そんな事があって良いのかと思いながらも、笑顔が崩れかけているのを感じて、ぴしゃりと頬を叩いてから頬を無理矢理に上げて笑みの形を保つ。
苦しい時こそにやりと笑えとは、誰の言葉だったかと現実逃避をしながら。
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