第36話 フマムュ、諦めない

 幾度と無く避け続けて、大体のタイミングを掴んだフマムュは、また来た拳を慣れた調子で避けようとして、ふっと周りが暗くなった事でその拳が見えなくなり、大慌てで後ろに跳んで距離を取った。

 何が起きたのだろうかと空を見ると、昼のはずなのに何故か夜に変わっている。

 そしてくつくつと笑い声が聞こえて、はっとして視線をエリザポ-ノに向けると、月の光を浴びながらその場を踊るように回っていた。

「くくっく、あはっは、あはははは!何故か知りませんが、忌々しい太陽の光が消えましたわ!ふふっ、ここからは今までのあたくしと同じだとお思いにならないほうがよろしくってよ!」

 回転を止めて、振り返るようにしてフマムュを見ながらそう呟いたエリザポ-ノが、次の瞬間には目の前に現れていた。

――速い!?

 でもまだ避けられると自分に言い聞かせて、フマムュは来る右拳を避けて距離を取る。

 おってくるかと思ったエリザポ-ノは、その場で今の一撃の感触を確かめるように、握った右拳を胸元に引き寄せている。

「ああ、身体が軽いですわね。もう何も怖くないと思えるほどに」

 エリザポ-ノの身体を、再度『夜王の鎧』の魔法が巻き付くのが見えた。

 今のでギリギリ避けれたのにと、危ないと思ったら直ぐに使えと紡玖に言われていた通りに、フマムュは『伝馬の俊足』を発動する。

 今までの自分よりも軽く感じる体重に、これでまだまだオニごっこを続けられると実感する。

「あくまで選択は『逃げる』の一択なのですわね。それならそれで宜しいですわ!」

 近寄ってきたエリザポ-ノの唸りを上げて迫り来る拳を、屈んで避けて大きく後方へ逃げる。

 思わず力が入ったのか、跳び過ぎて着地が乱れてしまう。

「どうやらその魔法を使った状態には、完全には慣れていないご様子ですわね。今までより、動きが荒いですわよ!」

 そう言われて思い出す。『伝馬の俊足』を使った状態の時は、怖くても小刻みに動かないといけない事を。

「ちょっとだけ。つま先でちょっとだけの感じで……」

 つま先立って、軽くダンスのステップを踏む感じで、右左と身体を振っていく。

 そしてそのリズムを崩さないようにして、突進してくるエリザポ-ノの身体と、そこから繰り出してきた蹴りを避ける。

 さらに振りかぶった拳を見て、思いっきり後ろにジャンプし。今度は着地を成功させる。

「これでも捕まらないとなると、取って置きの連撃をお見舞いせねばならないですわね」

 そんな奥の手を隠していたんだと驚きながらも、大丈夫避けられるとフマムュは自分に言い聞かす。

「行きますわよ!」

 態々タイミングを知らせてくれるエリザポ-ノのお陰で、走りよって放ってきた一撃目の威力の乗った直突きをかわす。そこから横薙ぎに振られる蹴りを、お腹をへこませて運動着に掠らせながら何とかやり過ごすと、顔の横にエリザポ-ノの裏拳が迫っていた。

 それを何とか地面に尻餅をつくようにして逃れると、低くなったフマムュの視界からは何故かエリザポ-ノが消えていた。

 空の月の光が陰るのを感じて、はっと視線を上げる。そこには空に飛び上がり、魔力の乗った拳を地面へと突き下ろそうとしているエリザポ-ノが。

 それは紛れも無く『断罪の鉄槌』の体制だった。

「甘んじて食らいなさいな!」

 尻餅をついたこの体制だと避けられないと、慌てて腰を上げて這うように逃げるフマムュの直ぐ側に、エリザポーノの『断罪の鉄槌』が落ちた。

 悲鳴を上げる間も無く、フマムュは撒き散らされた衝撃に身体を打たれて、ゴロゴロと地面を転がる。

「……ふふん、どうですの。あたくしの三連撃からの『断罪の鉄槌』を食らった感想は。あたくしの方は漸く攻撃が当たって、最高にスカっとした気分ですわよ?」

 転がって全身砂塗れになって地面に伏せるフマムュに向かって近づきながら、エリザポーノはそう問い掛けてきた。

「まさかこの一撃で終わりって訳じゃありませんわよね。まだまだ馬鹿にされた仕返しには、殴り足りないのですけど?」

「……まだ……もん」

 そのエリザポーノの言葉に反応した訳では無く、このままだと逃げられないという判断で、フマムュは衝撃波で吹き飛ばされて痛む身体を起こしていく。所々が破けた運動着の下には、赤い線が走っているのが見えた。

「何か言いまして。小さすぎて聞こえませんわよ?」

「まだ、触られて、ない、もん」

 だからまだ頑張れる。だからまだ紡玖とお別れしなくてもいい。そう言い聞かせて立ち上がる。

「……何か勘違いしているような発言ですわね。でも、そんなに触って欲しいのなら、一発重いのを差し上げますわ!」

 引き摺り起こそうとするように、無警戒に襟首を掴もうとしてくるエリザポ-ノに、フマムュはその一瞬で吸えるだけの空気を吸って『焔の吐息』を限界まで吐き出す。

 まだ足がガクガクして動けないため、近寄らせないための行動だ。紡玖にも試験中は使っても良いと言われているため、この一瞬で出来る限りの最大火力を使用した。

 至近距離で燃え盛る『焔の吐息』を見ても逃げようとせず、直撃を受けたエリザポ-ノだったが、炎から出てきたのは焦げ目一つ無い涼しげな顔。

「夜は吸血鬼の再生能力が全開になる時間帯ですのよ。そんな生っちょろい炎なんか効くわけありませんわ。でも――」

 フマムュの襟首を掴み引き上げてから、そのお腹に重々しい右フックが突き刺さる。

「うげぅぅぅぅ……」

「あたくしの自慢の髪を、一瞬でも燃やした報いは受けてもらわないといけませんわよね?」

 そして苦しげに呻くフマムュを、一番近くにある闘技場の壁に投げつけた。

 机を平手で思いっきり叩いたような音がして、フマムュの身体はは押しつぶされた虫のように、ずるずると壁を下がっていく。

「げほげほっ……うう゛ぅ゛ぅ……」

 フマムュには、相手の攻撃は当たらないんだという思い込みの心の支えがあったが、思いっきり殴られてその心の支えを失い、更には痛みでもう立ち上がる事も出来ない。

 十分に頑張ったよねと視線を紡玖の方へと向けると、周りが押し留めようとするのを振り切って、こちらに来ようとしている姿が眼に入った。

 本当に紡玖は良いアタベクだなと思って見ていると、その視界を塞がれる様にして頭を掴まれ、そのまま持ち上げられる。

「外に助けを求めようとしても無駄ですわよ。あとあまり泣かないで下さらないかしら、手が汚れますわ」

「ううぅあうう!!」

 無駄だと分かっていても、掴んでいる手を引っ掻いたり殴ったりを繰り返して、どうにか外そうとする。

「ふふふっ、良いですわ。抵抗してくれないと面白みに欠けますわ」

 でも手は外れずに、暴れれば暴れるほどギリギリと頭を掴む手に力が入ってくる。

 もう駄目だと諦めかける頭の中に、一つだけまだ使っていない特技があった事を思い出す。

 まだ一度も成功していない『奇跡の光明』という特技。

 もしいま成功しても、どれだけエリザポ-ノに痛手を与えられるか分からないけど、このまま頭を締め付けられ続けるよりは良いだろうと、手に魔力を集める。

「あらあら健気ですわね。魔王の因子と吸血鬼の因子を持つあたくしには、夜の間はどんな攻撃もほぼ無意味ですのに」

「あうぅぅぅうぅ!!」

 抵抗する意思すら摘もうと手に力を入れるエリザポ-ノに向かって、呻きながらも手から『奇跡の光明』を発動した。

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