第18話 二重生活

 奇妙な二重生活が始まって一週間――紡玖の体感的には二週間の時間が流れた。

 フマムュに教える事といえば、料理の仕方やトランプ等のゲームのルール、時折外でかくれんぼや追いかけっこないしダルマさんが転んだをする程度。

 もっとも何故か隠れるのと逃げ足だけはスペシャリストのフマムュに、かくれんぼと追いかけっこで紡玖は勝てた試しが一度も無い。

 そんな遊び続きだというのに、あのお酒での失態を見られたからか、それともフマムュが懐いているからか。

「あれはちょっとした気の迷いだったのです。忘れ頂けると嬉しいのですが」

 とあの失態の事を口外するなと言われただけで、それ以外に何か特別な事を言ってくることは無い。

 しかしそれを良しとして、このままでいるのも何か違うだろうと、紡玖は本当に久々に『まおいくベータ版』を現実世界に戻った時、授業後の休み時間中に起動させた。

 ハードモードをクリアーしてから起動してなかったので、今画面に映っているのは初期値パラメーターのキャラクター。

 見たいのはその部分ではなく、そのキャラに施すことの出来る、数ある行動の選択肢。

 そこに何か行動の指針のようなものでも無いかと、ちょっとした期待を込めてみているのだ。

 選択肢の内容は『運動』『勉強』『遊戯』『休息』の四つに分類され、項目を押すとその下に格納された詳細が出てくる形になっている。

 モバイル版では効率の良し悪しで選んでいたが、フマムュ相手では選択できないものも少なからずある。

 例えば『運動』『勉強』『遊戯』に共通して存在する、『専門教師を召喚する』という項目。

 多分知らない相手が行き成り来たら、フマムュは得意技の雲隠れを発動して一日を無駄にするどころか、今まで何故か築かれてきた信頼を失う破目になりかねない。

 さてではフマムュにどれが有効かを考えながら、一つ一つ検証を。

「お、渡りに船とはこの事だよ。丁度良かった、聞きたいことあったんだよー」

 しようとして、ゲーマー仲間の蒔田が声を掛けてきた。

「この画面で聞きたい事って、選択肢の効率についてか?」

「そうそう。なんかこう、今一パッとしないと言うか、これさえやって置けば外れないっていう選択肢が無いというか」

「……そんな選択肢無いぞ。ずーっと同じ選択肢ばっかりやっていると、パラの伸び率が下がるんだ。多分『飽き』の概念が組み込まれているんだと思う」

 幾つかの育成ゲームの中では、高効率の選択肢だけを選び続けるとペナルティーが発生して、伸び率を操作することでゲーム難易度を維持する様に設定されていたりするのもある。

 それが『まおいく』にも適応されてる訳だ。

「えー、じゃあ一つ一つ調べろっていうのかよ……ちなみにお勧めのは?」

「それはだな『運動』の欄にある――って、教えねーよ!」

 うっかりを装ったノリ突っ込みをする。

 これは別に紡玖が本当に教えたくないのでは無く、蒔田も本当に教わりたいわけでもない決まった受け答えというか。お互いのちょっとした符丁のようなもので、欲しい情報のヒントを得るための前振りという感じのものなのだ。

「だがヒントをやろう。一つだけ選び続けると下がる仕様だが、逆に適切な順番で組み合わせると上がる仕様でもある」

「ほほぅ……それは中々のヒントですな」

「だがそれを探し当てても難易度ノーマルまでの話ぞ。ハードからはもっと複雑怪奇な地獄が待っておるのだ」

 時代劇の悪代官と商人の様に、顔を見合わせてぐふふと笑い合う。

 まあこんな事をやっているから、クラスの中であの二人はオタク仲間とのレッテルを貼られる破目になっているのだが、これはこれでお互い楽しんでやっているのだから止められない。

 ヒントを得て満足した蒔田が席に戻ると、ゲーム内の選択肢でフマムュへ使えそうなものを見繕う作業に戻る。だがあまり良い選択肢が見当たらず、気落ちしたまま放課後に。

 今日も今日とて食料品の買出しに商店街へ。

 買うものの基準は二つ。家で使う物と、フマムュとチッテッキュが居る世界に持っていく小さくて便利な物。

 異世界に持っていける大きさや重さなどを色々調べた結果、重さはあまり関係は無く大きさはポケットに入るまで。

 例えば物をズボンのベルトに挟んだり、紐で身体にくくり付けたりして異世界間移動をすると、何故か持って行けずに戻ってきた時には家の部屋のベッドの側の床に落ちているのだ。

 なので父親が働く工場の制服である、新品の白色で作業用のツナギを貰い、それにポケットを各所に縫い付けることで、容量とポケットの大きさを拡張し輸送力をアップさせることに成功。

 結果、小さなペットボトルに入れ替えた醤油や小型のタッパーに入れた味噌なども持って行ける様になり、あっちの世界での和食の再現率が上がり続けている。

 しかしそのツナギ姿。フマムュにはすこぶる不評で、理由を聞くと「とにかく嫌い。あとポケットが沢山あって、ゴツゴツしてイヤ」なのだそうだ。

 なのでどうしてもと言う時にしか使えず、労力の割りに実入りが少ない結果になってしまっている。

 などと思い出していると、後ろから誰かが忍び寄ってくる気配。

「誰だ!――って優陽かよ」

「ちぇーばれちゃったか。驚かしてやろうと思ったのにさ~」

 今まさに背中を押そうとした体制のまま不貞腐れるという、小器用な事をしていた。

「なんだよ優陽。珍しいじゃんかお前から話し掛けて来るなんて」

「別に珍しいことも無いでしょう。確かにこの所は、こっちから話しかける事は無かったけどさ」

「ならなんで今日は話し掛ける気になったんだ?」

 そこでビシッと紡玖の顔に指を刺してきた。

 どういう意味かを図りかねていると、もう二度ほど同じような行動を繰り返してきた。

「そうそれ。つまり『気になった』の」

「いやだから、それが何でかって話をしていたのでは?」

「そうじゃなくて、気になったのは知り合いの女の子ってのがどんな子か!」

 会話が成立しているようでしてなかったため、少しだけ理解が難しかったが、つまりはフマムュがどんな見た目か気になったということだろうか。

 優陽に相談を持ちかけてもう五日――紡玖の体感では十日ほども経っているので、そんな事があったこと事態、もう紡玖の記憶の底に埋もれた状態にあった。

「ああ。あの時はどうもお世話になりました」

「いえいえ、どう致しまして。それで教えた事は役に立ってる?」

「うーん、相手が良い子だから、あまり役に立っているかは……」

「そうなの?でも手が掛からない事は良い事だよ――って、誤魔化してないで、どうせその女の子の写真があるんでしょう。さっさと見せなさい」

「確かに写真は撮ったけど」

 何でそんな事が分かるのだろうと疑問に思いながらも、フマムュを撮った写真――あのパン生地と写っているやつを呼び出して見せてやる。

 するとスマホを行き成り取られ、優陽はその画面をまじまじと見始めた。

「……何この子、ものすっごく可愛いじゃん。何処で知り合ったのよこんな子」

「って、おい。なに普通に次の写真に行こうとしてるんだよ!」

 別に怪しいものが写っている写真があるわけでは無いのだが、プライベートな部分を覗かれる嫌悪感から、大慌てで優陽の手からスマホを取り上げる。

「もうちょっと見せてくれたっていいじゃない。家の一番下の妹より可愛い子なんて、滅多にお目に掛かれないんだから」

「……意外と可愛い物好きなんだ。その見た目で」

「ちょっとー、見た目で決め付けないでくれない。こっちは一応女の子なんだから」

「自分で一応と付けるあたりに、自覚があると見受けられますが?」

 痛いところを突かれたのか、うぐっと優陽は言葉を詰まらせた。

「こ、こっちのことより、その子の事。一体どんな手で誑かしたの?」

「こら、人聞きの悪い事を言うものじゃないぞ。向こうから頼んで来たって言っただろ」

「普通の冴えない男子学生のあんたに頼むってのも変だし、一目見て日本人じゃないって分かるそんな子の関係者に、一体何時出会ったのやら?」

 今度は紡玖が探られたくない部分を言われて言葉を詰まらせる。

「ま、まあそこは、ちょっとした縁ってやつだよ。ゲーム関係の」

「ふーん。こっちがその方面に弱いって知っての言い訳?」

 別に嘘を言っているのではないので、大変な言いがかりである。

 まあ確かに同学年の男女に比べて、優陽は珍しいほどにゲーム関連に疎い。

 身体を動かすのが好きであまりゲームをしないからと言うよりは、弟妹の相手や家事と学業に忙しくて、ゲームに割く時間が無いための方が大きいためだと思われる。

「まあ良いわ。その子が屈託の無い笑顔を浮べているのは見て分かったし、ちゃんと先生やっている様で安心した。でもまさか勉強を教えるって言ってた割に、料理の先生とはね……」

「いや別に料理だけって……」

 勘違いを訂正しようとしたが、どんな事をしているのか突っ込まれると、大半が遊びのため説明が面倒になるのが予想出来たので、口を噤む事にした。

 それから後は、ニつ三つほど優陽からアドバイスと言う名のお節介を受けつつ、お互いに買い物を済ませると商店街の出口で別れて家路に着く。

 その後の帰り道で、時間の確認の為にスマホを取り出してみると、何故か奇妙なURLがそこに表示されていた。

 どうしてこんなものが出てきているのか気になり、検索サイトでコピペして調べてみるものの、検索結果はゼロ件。

 なら恐らくスパイウェアとかでは無いだろうと、URL欄にその文字列を入力し実行を押した。

 さて何が出てくるかと待っていると、唐突に『まおいくベータ版』が起動し、初期キャラが居るはずの場所には、何故か別のキャラクターが。

 ブラウンの髪とゴス調の衣服なので、フマムュみたいだと思いつつステータス画面を開いてみると、キャラクター名の所に『フマムュ・スムサ』の文字が。

 何だこれはとURLが表示される前後の状況を思い出し、ハッとなって一度『まおいく』を終了させて、もう一度フマムュのあの写真を呼び出す。

 何の変哲も無い写真に見えるが、ゆっくりと画面に指を触れると、その写真が反転するような動作を起こした後にあのURLが表示された。

「つまりこれって、フマのパラメーターって事か?」

 表示され直したステータスの画面を確りと見てみると、素早さのパラメーターだけが異常に高いだけで、他はハードモードで育成開始するキャラの初期値より押し並べて低い。

 あと三週間という時間制限で、これは拙いのではなかろうかと思えてしまう。

「そういえば『まおいく』だと、試験を失敗したキャラは消えるんだけど……」

 もしかしてそこまで『まおいく』と共通なのかと、少しだけ薄ら寒いものを覚えた。

 これは早速尋ねなければならないと、家に帰ると日課をこなして、部屋着に着替えてベッドに入る。

 何時も通りに目を瞑って起きれば、もうそこは別の世界だ。

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