第13話 あれこれ準備
家に帰り家事をこなし、宿題と復習を済ませる。
その際に『アタベク』って単語が気になったので、ネット検索をしてみると、要するに王子様に教育を施す職業者とのこと。
なるほど王子様の部分を魔王候補と入れ替えれば、確かに役職名は『アタベク』になると納得してしまうしと納得する。
今までならここからは寝るまでゲームの時間なのだが、一度始めてしまうとどうしても長くなってしまうし、異世界への移動の際は寝ていた方が良いと言われていたので、大人しくベッドに入ろうとする。
そこでふと自分の格好に目が行った。
何の変哲も無い、シャツと柔らかめの綿の長ズボンという部屋着。
別に向こうに行くのにおめかししようと言う訳ではなく、問題はズボンにあるポケットの方。
向こうに行く時に服とスマホは一緒に持ち出せるので、もしかしてズボンのポケットに何かを入れておけば、向こうに一緒に行けるのではと考えたのだ。
駄目で元々なので、検証の意味を込めて幾つか見繕って入れてみようと、ベッドから抜け出る。
「じゃあえーっと、何を持ってこうか……」
高価なゲーム機とソフトは取り合えず除外して、無くなってしまっても直ぐ補充が出来そうなものを考える。
教育には遊び混じりのほうが良いといっていたからと、机の上にある者で目に付いた中学の修学旅行以来放置していたトランプの束と、無くて困ったので地震の停電対策に買って置いた蝋燭に火を点けるためのマッチを、両方箱ごと右のポケットへ。
後は何にしようと考えて、ふと箱で思い出した事があった。
「あ、ドライイースト。あれがあれば、柔らかい発酵したパンが焼ける!」
部屋から出て、居間で両親が晩酌しながら会話を弾ませているのを横目に、料理の戸棚から使いかけのドライイーストの箱を手に取り左のポケットへ。
「じゃあ後はダシかな。砂糖はきっとあるから除外して……醤油と味噌があれば、随分と出来る料理の幅が広がるんだけどなぁ」
包み紙に入ったキューブタイプのコンソメを三つ左ポケットに入れ、スティック状の袋に入ったカツオだしの元も同じポケットに差し込む。
流石に醤油と味噌はお徳用のでかい物を買っているので、ポケットには入らないのは見て分かるために除外して、他に何か無いかと探していく。
一体息子は夜に何を始めたのかと疑いながらも、選んでいるのは料理の材料なので、大した事では無さそうだと両親は会話を再開して談笑している。
この時ばかりは放任主義で良かったと思いながら、更にポケットに何かを入れようと選別していると、小分け用のジッパー付きのビニール袋が眼に入った。
「これに入れれば……」
パン生地を休ませる事も出来るし、液体の醤油は無理でも、アチラには無さそうな味噌や片栗粉に出汁用の昆布など、小分けに入れて持っていける。
しかしそれに気が付いたのは余りにも遅かったため、時刻は夜の十一時半を過ぎてしまっていて、今から作業したのでは日付を跨いでしまう。
召喚システムがどういうものかは今一良く理解できていないが、両親の目の前で一秒間だけでも消えてしまうのは拙いだろうと、そのビニール袋を数枚掴んで後ろポケットに押し込み部屋に戻る事にした。
「おやすみー!」
就寝の挨拶を一方的に交わして部屋に戻り、電気も点けずにそのままベッドの中へ。左右のポケットと尻ポケットに物が入っているため、ゴツゴツして寝心地は最悪だ。
それでも何とか目を瞑って、ゆっくりと近づいてくる睡魔に身を任せていく。
漸く眠りに入ったと自覚した次の瞬間、何故かお腹の上に圧迫感が。
そんな重たいものなんか入れていないのにと、苦しさに目を覚ましてみると、薄暗い部屋の内装が眼に入る。
目の端に天蓋が見えることから、どうやら異世界にやってきたらしい。
なら一体この重いのはなんだと、視線を重たさを感じる胸元へと向けてみると、艶やかな茶色の髪の旋毛が見えた。
まさかと恐る恐る手を触れてみると、生物的な暖かさと柔らかさが手に伝わってくる。
手で触れられてくすぐったかったのか、もぞりと身体の上でソレが動くと、西洋的な造形に整った綺麗な顔が見えた。
それは予想通り、この部屋の主のフマムュだった。
何で乗っかられているのかとか、この安心しきっている寝顔はなんなのかとか、ズボンの中の物品は持って来れたのかとか、色々な疑問が浮かんでは消えていった。
そして最終的に残ったのは、一つの懸念と一つの疑問。
「チッテさんに知られたら殺されないかなコレ。あと小さい子の信用の判断基準の態度を教えてくれた優陽先生、この状況はどう判断したら良いのでしょうか?」
フマムュを起こさない程度に小さく抑えた声で、思わずそうぼやいてしまうのだった。
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