第38話 フマムュの渾身、意外な決着
エリザポ-ノが雄叫びを上げる。
「アアアアァァァアア!!よくも、やって、くれましたわねええ!」
ぜえぜえと息を吐きつつも、二つの足で立ち上がったエリザポ-ノ。
対して、フマムュは『奇跡の光明』を使用した直後から、指一本動かすのもきつい状態になっていた。
「あたくしに、こんな恥をかかせて、げふっ、タダで済むと、お思いにならない事ね!」
ボロボロのカクテルドレスの下、割れた陶器をくっつけたかのような、全身に出来た肌の割れ目から血を滴らせて、エリザポ-ノはふらふらと歩き出す。
フマムュは近寄ってくると思っていたが、エリザポ-ノが歩みを向けた先は、紡玖たちの居る場所。
もしかして紡玖を痛めつけようとしているのかと一瞬身体を強張らせたが、チッテッキュが居るから大丈夫だと思い直す。
だからせめてエリザポ-ノが近づいてきた時に、もう一度『奇跡の光明』を使える様にと、片手に力を入れられる様にしようとする。
そんな必死になっている自分自身に、フマムュは驚きに似た苦笑いを漏らしてしまう。
今までずっと隠れていたのに、どうしてそんなに頑張るのか。たった一月程しか一緒に住んでいない、あのアタベクがそんなに大事なのかと。
その自問に自答する。
そう大事だ。紡玖は優しいし、美味しいご飯作ってくれるし、面白い事いっぱい教えてくれる。
そんな紡玖が大好きだし、手放したくないって思う。だってそんなアタベクは絶対これから一生、もう出会えないって思ってしまうから。
だから離れなくて良いように、もう一度『奇跡の光明』を使うんだと、手に力を入れようとする。
「駄目よエリィ!それをしたら!!」
どうにか手を動かそうとしていると、そう悲鳴に似た声が聞こえた。
誰の声だろうと首を少し曲げ、目を横に向けて確認する。確かエリザポ-ノのアタベクの女性。その彼女の腕がエリザポ-ノに掴まれていた。
「もう試験など、どうでもいいですわ!」
そう叫んだエリザポ-ノが、がぶっとアタベクの女性の手に噛み付き、そしてごくごくと何かを飲む音が聞こえる。
その度にエリザポ-ノの、あの割れ目の様な傷が消えていく。
「ぷはっ。ふふっ、あはっ、あははははははは!やっぱりユウの血は馴染みますわー!!」
目に見える傷を癒し終えた様子のエリザポ-ノは、軽快な足取りでフマムュの方へと近づいてくる。
「貴女のあの攻撃では、あたくしを一撃で沈められないのは分かりましたわ。なら、血を飲めば完全回復し身体能力が向上した上に、弱点をも克服する特技『吸血過虐』――いえ、ユウに名付けられた『ブラッド・オーバードウズ』の敵ではありませんわ!」
すたすたと近づいてくるエリザポ-ノを見て、手に力を必死に入れようとする。
そして腕が動くようになるまで――『奇跡の光明』を完成させるまでの時間稼ぎの為に、まだ息苦しい呼吸を必死に吸って『焔の吐息』を吐き掛ける。
「ふふふ。ただでさえ生っちょろい炎が、更に弱々しくなりましたわね。いえ、これはあたくしが強化され過ぎたからですわね」
試しにもっとやってみなさいと言いたげに、無警戒に近づいてくるので、もう一度『焔の吐息』を吐き掛ける。
「何度やっても、無駄無駄ァ、ですわ」
手の一振りで吹き散らされてしまったが、だけどほんの数ミリ秒でも時間が稼げた。
その間にどうにかエリザポ-ノへ向けて掲げた手に、あの『奇跡の光明』の光が灯る。
「『ブラッド・オーバードウズ』の状態で食らってみたらどうなるか興味がありますけど、あんな痛い思いは二度とご遠慮しますわ!」
しかし一足で至近まで近づいてきたエリザポ-ノに、その腕を掴まれてぐっと握られる。
すると、ぱきっと音が、腕から。
「あ゛あ゛あぁぁぁぅ゛ぅぅ……」
「あらあら、柔な腕ですこと」
くすくすと笑いながら、手を握って引き摺り起こそうとする。
しかし腕の痛みが引き金になり、身体の力が一瞬戻ったフマムュは、逆の手に『奇跡の光明』を灯らせて、身体を捻った勢いでその手を振って当てる。
一瞬だけ、カッと光ったそれは、ぽふっと間抜けな音を立てて消えてしまった。
「……どうやら不発の様ですわ。残念でしたわね」
まさかどうしてと呆然とするフマムュの顔に、大きく振りかぶったエリザポ-ノの拳が突き刺さる。
「ふむ。まあここら辺が幕引きであろうな」
その直前に横合いから入ってきた誰かがその腕を掴んだと思いきや、エリザポ-ノをぽいっと高々と投げ捨ててしまう。
地に伏せるフマムュが顔を上げると、目の前には黒マントを着た背の小さい人物が立っていた。
「その『奇跡の光明』は全ての力を消費する、まさに最後の一撃よ。戦闘中一度っきりしか使えんし、使ったら動けんはずなのだがの。それでも攻撃を加えようと奮闘した事、この魔王はいたく気に入ったぞ」
遠くの場所にエリザポ-ノが落ちるのを横目に、どこか嬉しそうに話す自らを魔王と名乗った人を、フマムュは見上げた。
「な、何を致しますの!」
上空高く投げられて頭から落下したというのに、エリザポーノはたんこぶ一つなく立ち上がり、闖入者である魔王に文句を言っている。
「何をとは異な事を。この試験は汝がアタベクの手を借りたために『反則負け』よ。コレ――否、フマムュは試験を通過し正式に魔王候補になったため、これ以上の戦闘は無駄に他なるまいに」
そう呆れ果てたような響きの言葉を聞いて、エリザポ-ノはワナワナと震え出す。
「誰だか存じませんが、良い度胸ですわ。先に血祭りに上げて差し上げますわ!」
「ほう、有名人な我が誰だか知らんとは面白い冗談よな」
一瞬で飛び掛ってくるエリザポ-ノ、その顎先を狙い済ましたかのように拳ですくい上げ、首が伸びきって動きを止めたその横顔に飛び上がって蹴り叩き込む。そんな攻撃を、魔王は刹那の内に行った。
蹴りを食らって顔の造形が歪んだエリザポ-ノは、そのまま面白いように横に飛び、闘技場の壁を破壊してその瓦礫に埋まった。気絶しているのだろう、ぴくりとも動かなくなる。
「ふふ、あはっははは。知らぬなら教えてやろう。我は魔王――魔王タマゴよ。覚えて置くが良いぞ!」
はっはっはと高笑いする、初めて目の当たりした魔王タマゴを、フマムュはぽかんと見ていると、その後ろから紡玖が近づいてくるのが見えた。
フマムュは紡玖の姿に安心感を覚えて気が緩み、全身から発せられる激痛によって気絶したのだった。
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