第16話 初めての会話
明るい場所で確り見るのはこれが初めてなので、思わずその容姿を注視してしまう。
窓からの光を照り返てブラウンに金が混じる髪。大きく丸い目を持つベビーフェイス。ゴス調のフリル付きの服から覗く手足は細く白い。
少しだけ臆病さがその瞳に出ているが、それは見る物に庇護欲を掻き立てさせる。
これは確かにロリコンだったらイチコロだろうなと、そう思わずにはいられない程にフマムュは可愛らしかった。
そんな批評を下していると、再度服を引っ張ってきた。
「どうしたの。何か気になることでもあるのかい?」
出来るだけ柔和さに気をつけた口調でそう問い掛けてみると、何故かぱぁっと花開くような笑顔を向けてくる。
何でそんな表情を浮べてきたのか、年下を相手にした事が無いため、紡玖には理由にピンと来ない。
そのため表情には出さずに困惑していると、フマムュは恐る恐ると言った感じで手を伸ばして、腹――チッテッキュに殴られた部分に掌を当ててきた。
「だいじょうぶ?痛くない?」
きっと誰かにそうしてもらったのだろう。痛みを緩和しようという優しい手つきで、お腹を撫でて擦ってくれる。
「だ、大丈夫だよ。ああそうだ、助けてくれて有り難うな」
そのお返しと言うわけでもないが、ポンと頭に手を当てて撫でてやろうとする。
行き成り頭に手を乗せられた瞬間はギュッと目を瞑っていたが、ゆっくりと撫でてやるとフマムュは一瞬驚いたような顔になった後で、嬉しそうな笑顔になる。
子供に懐かれるってこんなにも萌えるものなのかと、一人新感覚に打ち震えながら、この状況は距離を縮めるチャンス。
とりあえずは自己紹介だろうかと、一度撫でる手を止める。
「俺は田辺紡玖。異世界から君のアタベクってのになれって、連れてこられたんだ」
順番を指し示すように掌を開いて向けて、フマムュから自発的に自己紹介をするように差し向ける。
「フマムュ。フマムュ・スムサ、です。まおーのこうほやってます」
自己紹介ではそう言えと教育されているような、魔王の候補と言う意味合いは正しく理解しているとは疑わしい棒読みだった。
しかし会話は繋がっているので、その流れを切らさないように注意する。
「一応俺は、君――フマムュに何かを教えるために居るんだけど、何か教えて欲しいこととかこうして欲しいこととかあるかい?」
そう告げると、途端にフマムュは怯えた表情を浮べた。
如何したのだろうと首を傾げてみると、おずおずと言った感じで喋り出す。
「あ、あのね。痛いのとか、苦しいのとかは、嫌、です」
「いや、そんな事する積もりは無いんだけど……今まで何をされたのか、聞いてもいいかな?」
嫌なものを思い出させる今の質問は、ちょっとだけ踏み込みすぎたかなと危惧していると、可愛らしい顔に似つかわしく無い程に物凄く嫌そうな表情を浮べていた。
これは選択肢を間違えたな。そう結論を出して違う話題にしようと口を開きかけたところで、フマムュがぽつぽつと喋り出す。
「あのね、あの黒い女の人にね、投げられたり、手をギリギリってされたり、重たい剣をずーっと振らされたり……」
「黒い女――チッテさんの、ああ、御免よ。辛い事を思い出させちゃったかな」
その名前を告げた瞬間に一気に表情が曇たのに耐えられず、思わずその頭を撫でて慰めてしまう。
すると甘えるように抱きついてきて、さらには離れないようするためにか、服の裾をギュッと握ってくる。
「それじゃあ朝食を食べたら遊ぼうか。ちゃんとトランプも持って来れた様だし」
撫でていた手を止めて、少しだけフマムュから体を離して、ポケットに入れたはずの全てが何故か絨毯の上にあったので、そこからトランプの箱に調味料とマッチ箱も掴み上げてポケットに押し込み、部屋から出て調理場へと行こうとする。
「あッ……」
そこで寂しそうなフマムゥの声が聞こえてきた。
如何したのだろうと、扉から一歩踏み出した位置で振り返って見ると、少し怯えた表情を浮かべていた。
もしかして部屋から出るのが怖いのかと思ったが、しかし紡玖に近づいて行こうとする気持ちは伝わってくるので、危惧しているのは部屋の外ではなくて――
「大丈夫。チッテさんは今日は部屋にいるって言ってたし、出会うことは無いだろうさ」
手を差し出してみると、おずおずと手に取ってくれた。
「それじゃあ、ただ待っているのも暇だろうし、食事の支度を手伝ってくれよ」
「……なにをすればいいの?」
「そうだなぁ……刃物は危ないから、小麦粉をこねて貰おうかな」
周りから誰か来ないか警戒しているフマムュを安心させる様に、紡玖は手を繋ぎながら調理場でフマムュにさせる事を考えて喋りつつ、二人揃って調理場へと向かう。
朝食は無発酵の平たいパンに、チッテッキュが部屋に来る前に取ったと思われる野草と、フライパンで焼いたベーコンを挟んだもの。
二人して仲良く食べ終わり、紡玖が使った器具と食器を洗っていると、フマムュが疲れた様子で椅子の上でこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。
ちなみに二人がさっき食べた無発酵パンの生地を作ったのはフマムュで、小麦粉が塊になるにつれておっかなびっくりと、これで良いのかと視線で問いかけるので、持ってきたドライイーストを使った発酵パンの仕込をしつつ、紡玖は大丈夫だと言葉をかけて安心させていた。
パン生地作りは重労働。しかもお腹も満たされたとなれば、眠くなっても仕方が無い。
「眠いんなら、寝てて良いんだぞ、フマ?」
「アタベクといる~……」
料理作りを通して更に仲良くなったからか、紡玖はムュの部分が言いにくいから『フマ』という愛称で、フマムュの方からは『アタベク』と呼ぶ事に自然となっていた。
それはさておき、言葉をかけると一瞬だけ意識が確りするようだが、一秒後にはまどろんでしまっている。
可愛らしいそんな様子に思わず頬が緩むが、そうも言ってはいられない。
「うーん、この後にチッテさんに会う予定があるんだけど……」
一方的に部屋で休むと引き上げた相手に、無論そんな予定を交わしたはずは無いのだが、チッテッキュに会いに行こうとは考えていた。
何せあんなに打ちひしがれた様子の人を見たのは、紡玖にとっては人生初だったから、様子が心配で仕方が無い。
「黒い人に?」
名前を出した途端に、そんなにチッテッキュの事が嫌いなのかと言いたくなる程、露骨な嫌悪感を露にした表情を浮べてきた。
出会う以前に何をしたのかは知らないがここまで嫌われるとはと、チッテッキュに対して同情とも恐れともつかない気持ちを抱く。
「じゃあ部屋で寝てる。けど……」
よほど会いたくないのか、それとも眠気が勝ったのか、渋っていた様子から一変してあっさりと部屋で寝る事を了解してきた。
「どうしたんだい?」
しかし後半部分は何故か言い難そうに言い澱んだので、気になってそう問いかけてしまう。
「……寝るまで、手を握ってくれる?」
「そんなことなら喜んで」
可愛らしい要望を受けて、布巾で手を拭いて水気を取ってから手を差し出すと、輝くような喜色の笑みを浮べて手を握ってきた。
以降、ベッドの上で温かそうな布団に包まれてフマムュが眠りに着くまで約束通りに手を握り。
眠った後は頭を撫でてから、手をゆっくりと離す。
眠って力は入っていないだろうに、離れる際に名残惜しそうな感じでキュッと一瞬力が強まったのが印象的だった。
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