第17話 チッテッキュ、荒れる

 チッテッキュの部屋が何処にあるのか聞いてなかったが、彼女ならきっと自身に割り当てるのはここだろうと予測して、使用人室の扉をコツコツと叩く。

 音が廊下に反響して消えるのを待ち、もう一度叩く。

 しかし反応が返ってこないため、ここではなかったのかなと、立ち去ろうとしたら扉が薄く開き、隠れる様に半分だけ顔を出してきた。

「何の用だ。笑いに来たのか、あァ?」

 扉を叩いたのが紡玖だと分かると、物凄く不機嫌そうな顔になって睨みつけてきた。

 再三再四睨まれていれば人間はそれにも慣れる様で、その威圧感を受け流しつつ、残して置いた一枚の平たいパンが乗った皿を差し出す。

「よかったら、どうぞ」

 睨んでくる相手にどういう表情をしたら良いのか迷って、とりあえず愛想笑いしつつ言ってみると、睨む度合いが増して返ってきた。

「なぁ、オマエよぅ。エルフは火を通したものは、好きじゃねーって――」

「食べたいかなと思って持って来たのですけど、本当に良いんですか食べなくて。これフマ――フマムュが作った物ですけど?」

「……ウソ吐け、お嬢様が出来る訳がねーだろうが」

 フマムュがパンを作れるとは思っていないのだろう、あからさまに紡玖が言ったことを否定してきた。

 まあずっと隠れてきた人が行き成りパンを作ったと言われても信じられないかと感じて、パン作りの終わり際に証拠を残す意味で、スマホで撮った写真を呼び出して見せる。

 小麦粉で白くなった手で汗を拭ったのか、頬や額が白く汚れたフマムュが、出来上がったパン生地を掲げながら笑っている姿がそこに写っていた。

「オマエが作ったのを、お嬢様に掲げさせただけじゃねーのかコレは」

「いやいや、ちゃんとフマムュが最初から最後まで作った物ですって」

 この一枚は、やりたいと言い出したフマムュに焼かせた物の一つを取って置いたものなので、薄い円形に形を整えた以外は彼女が全工程を行った物だ。

 その証拠に、焼き過ぎて円形の端が焦げて黒くなってしまっている。

 これでも一番マシなものを持って来たのだから、ありがたいと思って欲しい。ちなみにマシではなかったのは、今は紡玖の腹の中に納まっている。

「……受け取っておく」

 やはりフマムュが作ったと言うのが効いたのか、ちゃんと扉を開けてから皿を受け取ってくれた。

 その際に初めてメイド服以外の格好――表現が難しいが、上にだらしの無いタンクトップと下に布の腰ミノに見える服装に驚く。

 褐色の肌がこれでもかと見える、言い換えると下着同然の姿は、メイド服の時とのギャップを含めて、健全な高校生の身には刺激が強い。

 それでもちゃんと顔色を見てみると、さほど起床時の事を尾に引いていないのか、血の気は良さそうな感じだった。

「それじゃあ用が済んだので――」

 様子も見れたしとフマムュの入る部屋へと戻ろうとして、がしっと腕を力強く掴まれた。そして引かれる。

 一体何事かと、ずるずると部屋の中まで引きずられ、体が部屋の中に入った瞬間に、扉をバタンと閉められた。

「……ちょっと言いたいことがある。付き合え」

 突然の事に呆然としていると、四畳ほどしかない使用人部屋にあるベッドに腰掛けると、木で出来たコップに瓶から赤黒い液体をドバドバと注いで差し出してきた。

 まさか血じゃないだろうなと受け取って、軽く匂いを嗅いでみる。

「アルコールの匂い?……って、もしかしてお酒飲んでるんですか!?」

 はっとして周りを見渡してみると、狭い部屋の中にコルク栓と空き瓶がゴロゴロと転がっていた。

「別に良いだろうが。こちとらお嬢様に嫌われて、傷心中なんだよォ!」

 言い放ち、手に持った瓶を煽る。

 まだ大半の液体が残っていたのに、それがあっという間に消えていく。

 未だに朝の事を引きずり酒に溺れている姿を見て、どうやら血色が良さそうだと思ったのは、ただ単にアルコールの作用の所為だと思い直す。

「げふっ……いいからオマエも飲めよ」

「いや、未成年なのでお酒は――」

「ふざけんな!注いでやった酒が、飲めませんって言いたいのかァ!?」

「はい、頂きます」

 バンバンと床を叩き出したので、とりあえずその場に座って飲んでいる風を装いつつ、ちょっとだけ味に興味があったので、唇を濡らす程度に口に含む。

 まず感じたのは強烈な渋みとそれなりに強いアルコールの味。次にほんのりと果実系の甘み。

 じっくりとコップの中を見ると、荒く潰したブドウの皮が浮かんでいた。

「ブドウのワインですね」

「どーせお嬢様は子供で飲めねーんだ。全部飲んじまおうってなー!」

 ベッドの下から引きずり出してきたのは、木箱の中にギッシリと詰まった、ワインが入っていると思われる瓶。軽く見積もっても二十本はありそうだ。

 ワインがあるなら、あと牛肉があればワイン煮が出来るのだけれど。

 食料庫にあった肉はさばかれた状態だったので、どれがどれかは分からないので尋ねてみたいのだが――

「あっははッ。なんだよ、まだ飲み終わってねーのかよ。なら全部飲んじまうぞォー!!」

 完璧に出来上がった相手に物を尋ねても、ちゃんと返ってくるかは怪しい。

「ほれほれ。酒の肴もたんまりあるぞ~」

 紡玖の首に腕を回して、ぐっと引き寄せられた。

 その際にエルフだからか控えめな、それでも柔らかい胸が服越しに押し付けれられる感触。

 しかしそのことに赤面したり、うろたえたりする余裕は紡玖には無かった。

「ぐぇ……首が、絞まって、ます」

「ああ、わりーわりー、あはははははは!」

 首を離されてごほごほと咳き込みながら、差し出されたものを見てみる。

 確かに木の椀の中には、たっぷりと生の木の実とドライフルーツが入っている。

 取るまでずーっと差し出してきそうな感じなので、ドライフルーツを幾つか摘み取る。

 チッテッキュはそれを見て満足したように器を引き寄せると、手一杯に木の実を掴みざらざらと口の中に放り込みぼりぼりと噛み砕くと、新しく開けた瓶を煽ってグビグビと飲んでいく。

 酒の味を楽しむと言うより、手っ取り早く酔う為のその行為を見て、思わず頭を抱えたくなる。

「そんでよー。なんでー、テメーみたいな、ニンゲンがー、お嬢様が気に入るんだー?」

「それはご飯をあげたからかなーと」

「飯ならやってたぞ。毎朝、森に入って、良い出来の木の実探したりー、果物採って干したりしてよー。でも嫌われたんだぞこのヤロー!!」

 耳元で急に大きな声を出されて、思わず耳を押さえてしまう。

 しかしここまで絡み酒の相手が面倒だとは。酒が入っても人格が変わらない酒癖の良い両親を持った幸運を、今更ながらに実感する。

 さてここで如何するかの選択肢を選ばないといけない。

 このまま付き合う。絶対に何時か瓶を口に突っ込まれ、急性アルコール中毒でノックアウト。

 こっそり逃げる。しかしボスキャラからは逃げられなかった。

 ウンザリだとキレる。無謀と勇気を履き違えるとは。

 ……どの選択肢を選んでも終末にしか向かわない。

 そうなると紡玖が思いついた選択肢は、あと一つしかない。

「分かりました。付き合いましょう。ほら、チッテさんも新しいお酒ですよー!」

「おお、なんだよ、行き成り元気になってー。でもいっかー、かんぱーい!」

「良い飲みっぷりですね。ほら、次々行きましょう。俺が開けるので、チッテさんは飲んで行ってくださいね」

「ありがとうなー。オマエ、ニンゲンにしたら良いヤツなんだな~」

 あははとお互いに笑い合いながら、紡玖は箱から瓶を取り出して次々に栓を開けて押し付けていく。

 これはどういう選択肢を選んだのかと言うと。

 つまりは逃げられないのならば、酔い潰してしまえばいいという事だ。

 その目論見は当たっていた様で、箱に詰まっていたワイン瓶の半数を飲み干した所で、スイッチを切ったかのようにチッテッキュはバッタリとベッドに倒れこみ、ぐーぐー寝始めた。

「ふぅ。手ごわい相手だったぜ」

 額に浮かんだ汗を拭いつつ、床に転がっているワイン瓶の片づけを始める。

 部屋の隅に転がっていた空き箱に空の瓶を入れ終え、ふとベッドの上を見ると、チッテッキュは幸せそうな緩んだ微笑を浮かべていた。

 地があれだとしたら、メイドの時はさぞ自分を偽ってストレスが溜まっていたことだろう。

 お酒でそのストレスが発散できたのなら良いかと思いつつも、持ち上げた箱の重さに思わずうめき声が出てしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る