第21話 夕食時
その日の夕食時、紡玖がフマムュと夕食の準備をしていると、調理場に大きな鳥を片手に、腰には野草が詰まった袋を下げたチッテッキュが入ってきた。
また食料を提供してくれるのかと思いきや、フマムュから一定の距離を離しながら鳥の羽をむしり始め、包丁を握り器用に解体していく。
未だに薪のオーブンの使い方が分からないため、パン生地から中国式の饅頭を作るための蒸し器を準備していた紡玖は、その手馴れた様子を見て驚いた。
チッテッキュが入ってきたのを見て、紡玖の後ろに思わず隠れようとしたフマムュも、その手捌きに目を見張っている。
「チッテさんって、本当は料理が出来る人なんですか?」
「包丁で食材を切る程度は出来ます。味付けというものが、今一つ分からないだけです。水に塩を入れるなんて正気を疑います」
そこは自然食を好むエルフと、押し並べて濃い味が好きな人間との、味覚の差が出てくるからだろう。
そんなこんなで三人して夕食の準備を進め、今日の献立は『中国式蒸し饅頭』『丸鳥の香草焼き』『野草の山盛り合わせ(ドレッシングは別添え)』となった。
大皿に乗ったそれらを、フマムュが用意してくれた皿に乗せ分けて配膳するのは、メイド姿のチッテッキュ。
食事を同席するのをメイドは出来ないからと渋るのを、紡玖が耳打ちしたフマムュがお願いという形で無理を押し通し、三人一緒に食事を始める。
三人ともワイワイと食事をするタイプではないので、味の感想やお代わりなどの言葉が出る程度の静な夕食は進み終わる。
食器を片付けていると、チッテッキュとの仲直りの後に今日一日散々遊び倒して疲れていたのだろう、フマムュが眠そうに目を擦り始めた。
「フマ。眠いんなら部屋で寝てていいよ?」
「うん。そうする~」
「では私が食器を――」
「いやチッテさんは、フマを部屋まで連れて行ってあげてくれません?」
フマムュとチッテッキュは、その紡玖の言葉に一瞬反応が出来なかった。
「二人とも仲良しになったんだから、部屋まで一緒に行くのに問題は無いでしょ?」
そう改めて紡玖が言うと、どうし様かと困惑して二人して顔を見合わせる。
突然の事で固まって動かないチッテッキュと、洗い場で食器を洗う紡玖とを交互に見たフマムュは、意を決したように手袋で包まれた手を取った。
「いこう、チッテッキュ」
「え、あ、はい!」
軽く引っ張られて目が覚めたのか、チッテッキュはそのままフマムュと調理場から出ていく。
今のは強引過ぎたがフマムュに助けられたなと感じつつ、戸棚に入れていたワインとグラスを一つ取り出し、机の上に置くと皿洗いを再開する。
皿も調理器具も粗方洗い終えた頃、チッテッキュが戻ってきた。
「あ、有難う御座いましたチッテさん」
「……何を企んでいるのですか?」
「企んでいるなんて、人聞きが悪いですね」
「お嬢様に仲直りをするよう勧め、いまは私にワインを勧めるように机に置いておいて、企んでいないとでも?」
まあ馬鹿じゃないんだから気付くよなと、降参するように両手を挙げてから、紡玖は語り始める。
「企むっていうか、今後のフマへのパラメーター強化に、チッテさんが必要なだけですよ。懐柔しようとしていると、受け取ってもらっても結構ですよ」
「彼方に踊らされるのは真っ平ですが、それでもフマムュお嬢様との仲を取り持って下さった事には感謝します」
だから今日は素直に話を聞いてやろうと言いたげに、椅子に座るとワインの瓶を手に取り、グラスに注いでいく。
「それで私にやって貰いたい事とは?」
グラスに口を付けて喉を潤しつつ、そう紡玖に質問を投げかける目は、メイドとしてではなくて地の彼女のものになっていた。
それは脅すというよりは、紡玖が言うことの真贋を見極めようとしているようだった。
その事を十分に理解してから、質問に答える。
「何も難しい事をしろと言う訳じゃないですよ。ただフマムュと一緒に遊んであげて欲しいだけです」
「たったそれだけなのですか?」
拍子抜けしたと言いたげに、チッテッキュはグラスを煽りワインを飲む。
「恥を晒すようで嫌なんだけど、フマの身体能力を向上させようとすると、人間の俺では力不足なんですよ。何せ一度も追いかけっこと隠れんぼでは勝てたためしが無いので」
ワイン瓶を取り、空になったグラスにワインを注ぎながらそう言うと、チッテッキュは納得がいったように一つ頷いた。
「つまり私は当て馬になれと言うことですか?」
「全てにそうしろって訳じゃないので、寧ろ仮想試験官としての試金石な感じでしょうか」
「私が試験官ごときと同列だとは、少し見くびりが過ぎると言わざるを得ませんね」
憤りを表すかのように、ぐっとワインを飲み干して、グラスを突きつけてくる。
開いたグラスに再度ワインを入れつつ、会話を続ける。
「へー、そんなに強いんですかチッテさんって」
「当たり前です。一時期は四将軍の一角まで上り詰めたのですよ。魔王候補に当てる試験官ぐらい、片手で捻れます」
「……信じないって訳じゃいんですけど、ステータス拝見するために写真撮っても?」
「それで何が分かるか知りませんが、お気の住むようにしたら良いでしょう」
なら遠慮なくとパシャと写真を撮って、酒でほんのりと上気したチッテッキュの写真が映る画面の真ん中を指で触れる。
現れたリンクを選択実行すると、フマムュの時と同じく『まおいくベータ版』が起動して、ステータス画面に自然移行する。
映し出されるのはもちろんチッテッキュのものだが、そこにあるパラメーター数値に驚いた。
「うわぁ~、なんだこの数値」
ドラゴンタイプの敵キャラ――『まおいく』で一番の強敵だったアレが、序盤の中ボスに思えるほどに、チッテッキュの全ての数値が高すぎる。
「しかも特技の欄がギッシリと……」
四大精霊魔法に始まり、剣術や隠形といった体術系に、野草知識という医療系まで、何でも御座れの文字通りの万能型の完成形。
これは確かに四将軍にまで上り詰めてもおかしくはない。
「ふふっ。エルフの里では、黒い肌の持ち主は、英雄になると言われていてな、色々と専門教育を施されたのです!」
「へ~そうなんですか……って、あれ、ワインが無くなって……」
グラスにワインを注ごうとして、瓶の中身が空になっていたことに気がついた。
そして遅ればせながらに、チッテッキュの口調がおかしくなっていることにも気がついた。
「よし、じゃあ聞かせてやろう。英雄は旅に出るものだと言われて、里を後にした私の波乱の人生ヲー!」
「うわーい。それはごえんりょねがいたいなー!」
歓声の様な言葉を発してノった振りを装いつつ、その専門教育って厄介払いをするために生きる方法を教えたたけでは、と思わずには居られなかったが口に出すような真似はしない。
酔っ払い相手に真面目になるほど、無駄なことは無いからだ。
管を巻いている相手をしつつ、頭の中にあるチッテッキュの取り扱い説明書に、中途半端に酔わすと一層面倒になると付け加えた。
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