第20話 認定試験に向けて
朝食を用意して食べ終わり、使った食器をフマムュと一緒に洗っている間、紡玖は考え事をしながら作業していた。
考える事は今朝部屋に押しかけてまで、チッテッキュに尋ねて知った事。
『試験を通過出来なかった者はどうなるのか、だって。魔王様は強い勇者と戦う事を至上の喜びと感じるお方だからな、基本的に魔王を倒しに来る勇者を成長させるための噛ませ犬にするらしいぜ』
それは試験に失敗すれば、遅かれ早かれ殺されるということかと愕然とした。
『だから一番最初に、遊んでいて良いのかと言っただろうに。それにお嬢様は以前に試験を逃亡して一度失敗してるが、教育者が悪いという魔王様の計らいで、もう一度チャンスを得てんだぞ。これは他の候補者よりかなり優遇された措置だ。それほど魔王様はお嬢様に期待を掛けて下さっているという事を、肝に銘じて置けよ』
その前の教育者って、フマムュの言葉を信じるならチッテッキュの筈なのだが、それを棚上げして良くも言えたと感心してしまった。
しかし以前失敗したと言う部分を聞いて、フマムュのあの高い素早さに納得がいく。
恐らくだがアタベク時代のチッテッキュから逃げ回っていた事で、素早さだけが強化されていったのだろう。
それにしても他の部分が低すぎなのは、チッテッキュの教育が失敗判定続きで成長しなかったせいだなと予測も出来た。
失敗した前の事をあれこれ考えるより、問題はフマムュの今後の教育方針を如何するかだ。
あのパラメーターだと、このまま遊んでいるだけでは、フマムュをみすみす見殺しにしてしまいかねない。
残り三週間という短さで、難易度ハードと同等だと仮定した試験にクリアー出来るパラメータを得るために、取れる方針は二つ。
速さは十分あるので他の一つを伸ばした二極型にするか、より速さを伸ばして完全な回避型にするかだ。
「どうしたの、アタベク?」
そんな事を考えて手が止まっていたようで、フマムュが心配そうに下から覗き込んできた。
普段通りに振舞っていた積もりでも、優陽が言っていた通りに子供は人を良く見ているようだ。
心配してくれることが有り難くて、フマムュの頭をぐりぐりと撫でる。
嬉しそうに目を細めるフマムュを見て、今後の事を本人にも決める権利はあるだろうと、調理場の椅子に座らせて対面に配置した椅子に座る。
「ねえフマ。三週間後にフマの成長を見る為の試験があるんだけど、その為にちょっとだけきつい事しても大丈夫?」
警戒感を与えないように気をつけてみたのだが、試験ときつい事の二つの言葉にフマムュは嫌そうな反応を返してきた。
「それは、しないと、ダメなの?」
本当にどんな教育をしてきたのかとチッテッキュに尋ねたくなるほど、あからさまなまでに怯えている。
「試験に合格しないと、フマに大変な事が起きるから、しなけりゃ駄目だね」
「じゃあその、たいへんな事ってなに?」
「ええっと……フマが遠くで、もっと痛い目にあうことになる、かな」
少し言いよどんだ後に、魔王討伐に向かっている勇者の元へ、殺されに行く羽目になるとは流石に言えないため、ぼかしながらの返答になってしまう。
その事で発言が嘘だと判断されたのか、フマムュの頬がぷくっと膨れた。
「痛いことと辛いこと、アタベクしないって言った、やくそくした!」
「確かにそうだけど、でも――」
「ヤッ!」
ぷぃっと横を向かれてしまう。
完全にへそを曲げられてしまって、一体如何したらいいのかと途方に暮れてしまう。
「お嬢様、本当にそれで宜しいのですね?」
そこに何時の間に居たのやら、調理場の出入り口に立っていたチッテッキュが喋りかけてきた。
その姿を見てフマムュは慌てた様に逃げ場を探し出す。出入り口は塞がれているので、机の下や戸棚へ視線を移し、最終的に紡玖の後ろに隠れる。
自分の後ろが安全だといまだに思われているのに、少しだけ紡玖は安心した。
「お嬢様が私を嫌っているのは重々承知しておりますので、この様な遠くからの発言をお許しください」
これ以上は近づかないという意思表明に、フマムュは背中に隠れながらブンブンと首を縦に振る。
自分で嫌われていると言ってか、それともフマムュのその様子を見て傷心したのか、少しだけニコヤカな顔の目が寂しさで揺れるのが見えた。
「フマムュお嬢様。仮に試験を通過出来なかった場合、そのアタベクとは今後一生会えませんが、それでも頑張るのは嫌で御座いますか?」
その言葉を聴いてか、袖が強く引かれた。
紡玖が顔をフマムュの方へ向けると、その目は今の発言が真実かどうかを問いかけていた。
何故自分に会えなくなるなんて言い出したか分からなかったが、死んでしまったら会うことも出来ないため、間違いではないなと首を縦に振って肯定しておく。
すると絵に描いたような、噴出しに『ガーーン!』と出てきそうな程、衝撃を受けた表情にフマムュはなった。
そんな様子に大げさなと苦笑してしまう。
「お分かり頂けましたか。そのアタベクと一緒に居たいのでしたら、試験を通過なさる事です」
そう言い残して立ち去っていく。
「ね、ねえアタベク。がんばる、何したらいい?」
なんか見事にダシに使われたなと実感しつつも、やる気を引き出してくれたチッテッキュに感謝の念を覚えた。
なのでまだもうちょっと先にしようかと思っていたことを、いまやらせてみようと思い立つ。
これからやって欲しい事を耳打ちすると、フマムュは先ほどの勢いは何処へやら、うろたえ始めた。
「で、でも……」
「大丈夫だって、フマならきっと出来るよ」
「だ、だって、あの黒い人となかよくって……」
そうやって欲しい事とは、チッテッキュとの和解。
仮に他のパラメーターを上げるにしろ、素早さを更に上げるにしろ、チッテッキュが手伝ってくれれば格段にやりやすい。
なにせ筋力は小麦の大袋を安々と持てるほどだし、石の投擲で鳥を落としたり、メイド服姿で木によじ登って木の実を取ったりと、万能型かつ高いパラメーターを誇っているように見える。
念のために後で写真を撮って、出てくるであろうリンクからパラメーターを見ようと決意しつつ、フマムュの耳に内緒話を持ちかけるように口を近づける。
「じゃあチッテさんと仲良くなる為の、魔法の呪文を教えてあげよう」
「まほう?」
不思議そうにオウム返ししてくるフマムュには悪いが、今から言う言葉に不思議な力などは宿っては居ない。
それでもその言葉を掛ければ、フマムュに嫌われれば大酒を飲むほど傷心する程のチッテッキュなら、間違いなく協力してくれると確信するに足りるもの。
教えた言葉をフマムュがちゃんと言えるか確認して、不安感から硬い表情のフマムュの手を優しく引き、使用人室の扉の前にまで一緒にやってきた。
「よしじゃあ、いってらっしゃい」
「う、うん……」
チッテッキュが扉を開いても見えない位置、廊下の曲がり角に紡玖が隠れる。
その様子を見終えたフマムュが、控え目な力加減で扉をノックする。
「あぁ~ん、何か用かよ。オマエにばっかり構って……え、お、お嬢様!?」
てっきり紡玖がノックしていたのだと思っていたらしく、地のガラの悪い声を発しつつ扉を開けたチッテッキュは、目の前に居るのがフマムュだと分かると盛大にうろたえる。
「ち、違うのですお嬢様。今のはお嬢様に言った事ではなくてですね」
その様子を影から見ていた紡玖は忍び笑いを漏らしていたが、チッテッキュ地の声に恐ろしくなったのかフマムュの顔が青ざめ始めるのを見て、矢張り少し早すぎたかなと反省する。
しかしフマムュが言った「がんばる」の言葉は本当だった様で、青白い顔のまま必死に作った笑顔を向けて、紡玖が先ほど教えた言葉を紡いでいく。
「チッテッキュ、さん。ちからをかして。あなたのちからがひつようなの。あと、なかよしに、なりましょう」
たどたどしい棒読みの台詞。
だが青白い顔で必死に言葉を紡ぐ姿に、逆にその棒読みがいい方に作用したようだ。
何故ならチッテッキュが、しばし何を言われたか分からない様子を見せてから、フマムュへその場で膝を折る臣下の礼をして見せたからだ。
「フマムュお嬢様の命に従い、誠心誠意尽くさせていただきます」
しかしメイド服姿の割りに堂に入ったその姿を見て、更にはあの言葉遣いとガラの悪い地の彼女を思い起こして、彼女は荒くれ者出身なのかなと予想を立てた。
「う、うん。ありがとう、チッテッキュさん」
「さんは要りません。チッテッキュと呼び捨てに為さって下さい」
「え、えーっと、じゃ、じゃあ帰るから」
チッテッキュのその後の反応が予想し辛かったので、返答に困ったら逃げて来いと言ってあったからか、廊下を素早く走って紡玖の居る角まで来ると、飛びつきざまに抱きついてきた。
「がんばった。がんばったよね?」
「うんうん。頑張った。俺の予想以上だよ」
少しだけ震えているその体を優しく抱き寄せながら、頑張りを労う様に頭を撫でてやる。
どうせ試験を通過するための教育準備が揃ってないし、今後は肉体的に辛いこともさせないといけないのだから、今日ぐらいは散々甘やかせてやろうと決意する。
「フマ、何して遊びたい?」
「トランプ!」
よしじゃあまだ教えてなかった、インディアンポーカーでもやってみるかと部屋へと二人で戻っていった。
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