第12話 幼馴染に相談だ
放課後。
教室から出て、約束通りに校門で待っていようかと向かってみると、もうそこには腕組み仁王立ちした優陽の姿があった。
「随分と早いね。もしかして走ってきた?」
「そんなことはどうでも良いから、さっさとこの場から立ち去るよ」
ぐっと優陽は腕を取ると、そのまま歩き出した。
思わずつんのめってから、体勢を立て直して素直に優陽の引っ張る方向へと進んでいく。
何をそんなに慌てているのかと、チラリと後ろを横目で見てみると、優陽の教室で見た様な顔がちらほら。
なるほどと納得して、優陽の誘導に大人しく着いていく。
やがて生徒の姿が周りから疎らになり、逆に主婦層が増え出すと、そこはもう商店街だった。
「そんで、相談事って何?」
「ええっと、何か怒ってます?」
「怒っちゃいないわよ。ちょっと面倒で恥ずかしかっただけ」
その言葉通りに、頬が薄っすらと上気していた。
優陽にも恥ずかしいなんて感情があるんだな等と、失礼なことを考えていると、ほらさっさと話せと言わんばかりに手招きをしてきた。
「ああ、えーっと……知り合いの女の子の勉強を見てくれって頼まれたんだけど、どう接したらいいのかアドバイスを貰いたいなと」
まさか異世界で魔王の候補を育てる羽目になったとは言えない為、ぼやかしながら経緯を説明しようとする。
「……はぁ~~。好きにしたらいいじゃない、そんな事」
てっきり教室にまで乗り込んで来たからさぞ重大な事かと思っていたらしい優陽は、ため息を吐き出すと学生鞄から折りたたみ式のエコバックを展開し、今日の買い物を始めようとしだした。
「待って、たい焼きおごるから。だからお知恵を!」
「……カスタードと粒あん。それで話を聞きましょうか」
こっちが本気だと見たのか、行き成り足元を見てきた。
最も紡玖としては、休み時間のお詫びとして何かを買ってやるつもりではあったので、渡りに船といった感じではあった。
もっとも二個も要求してくるとは思ってもみなかったが。
「分かった。あそこのジャンボたい焼きの、カスタードと粒あんだね。買ってくる」
「あ、自分の分も買いなさいよ。こっちだけ買い食いしていると、体面が悪いからね」
いまさら気にする体面などあるのかと疑問に思いながらも、大人しくカスタードと粒あんに、少し悩んで新発売という桜あんを買う。
「それじゃあご相伴に預かるとしますか!」
差し出したカスタードと粒あんのたい焼きに、優陽は手を合わせた後で掴むと、ふんふんと匂いを嗅いだ後でがぶっと噛み付いた。
がっつりと顔の真ん中まで抉られたたい焼きの断面からは、カスタードクリームが溢れ出しそうになっている。
それが垂れる前に、ぱくぱくと食べ進めてあっという間に平らげると、次は粒あんに取り掛かり始めた。
何時見ても見事な食べっぷり。
そう思いながら、こちらもがぶりと桜あんという、余り聞き慣れない名前のたい焼きを頭から食べる。
口に広がるのは、白あん特有の少し控えめな甘さに、少しだけ花の香りのする塩味。
そんな味が興味深くて断面を見てみると、白あんの中に薄ピンク色の花びら。
どうやら塩漬けされた桜の花のようだ。
「ねえ、それ美味しい?」
「食べたいなら買ってやるぞ。情報料代わりに」
「いやー、新商品って試すのが怖くて。外れだと処分に困るから、一口だけでいいのさ」
まだやるとは言っていないのに、当たり前の様に首を伸ばして口を開き、桜あんのたい焼きを欠けさせてきた。
それで問題の味の方は余りお気に召さなかったのか、早々に飲み込むと口直しの為か、粒あんのたい焼きを大口でぱくりと食べ尽くした。
「つーかさ。間接キスだとか気にしないのな、お前」
見事なまでに、たい焼きの腹の部分がくり貫かれた腹いせにそう言ってみると、優陽は口に入ったたい焼きを噴出しそうになりながら、バンバンと背中を平手で叩いてきた。
「イテェ!何だよ行き成り叩くなよ!」
「――ごくっ。いやー、余りにも純すぎてね。そんな事で一喜一憂するのは、中学に上がる前までだよ」
そんなものなのかと、少し釈然としないものを感じながら、紡玖が手にあるたい焼きを食べる。
すると獲物を見つけた猫の様な笑みを、優陽が浮かべてきた。
「ほらー、ご所望の間接キスだよ~。嬉しいかい~?」
「……うわ、すっげームカつく」
まさかこういう返しをしてくるとは、思っても見なかった。
「さて、甘い物も食べて気分も落ち着いたことだし、それで年下の女の子の相手の仕方だよね?」
気分が良くなったのは甘味のお陰ではなく、こちらをからかったからではないかと、少々憤然としながらも頷きで答えを返す。
「一応念のために聞いておくけど、ロリコンは犯罪だよ?」
「そんな分けあるかー!」
思わず出てしまった大声に、周りから何事かと視線を向けられるが、二人とも制服姿なので痴話喧嘩だろうと納得したのか、直ぐに散っていく。
「まあ今のは冗談だけど。それで子供の相手って言うのは、猫を相手にするのと同じだと思うんだ。アチラはある一定の距離から相手を観察していて、安全そうなら近づいてくる。それで餌をくれる人、遊んでくれる人に懐くから」
「……いや別に、子供を懐柔しようとしているんじゃくて、勉強を教えるコツを聞きたいんだけども」
「何事も信頼関係は重要って話。子供は結構良く相手を見ているから、ちょっとしたことで信頼を失うわよ」
今一納得が出来ないものの、一応は体験者が語るなので、そういうものなのかと無理に納得しておく。
「それで勉強や習い事を教えるコツは、一重に褒めること。それこそ犬相手の様にね。無論、悪いことをしたら叱るのは忘れずに」
「猫の様に対応して、犬のように教えるって、なんか矛盾してないか?」
「表現がちょっと極端だったわね。つまりは信用第一、教育はその次の段階って事かなって。勉強を教えるなら、最初は遊び混じりの方がいいんじゃない。まあ究極的には、相手の性格次第って話にどうしてもなっちゃうんだけど」
なんか要領を得ない様な言い回しだと思いつつ、とりあえずは信用してもらうのが重要ということだけは分かった。
「十分に仲良くなれたという目安があったりしたりは……」
「そうね。触れさせて貰えたらとりあえずは、膝の上に乗ってきたら十分に信用しているって判断しても――って、相談に乗ってたらもうこんな時間じゃない。タイムセールに遅れちゃう!」
視線を近くの店の中にある時計に向けると、午後三時五十七分。あと三分でタイムセールが開始される時間。
今回は確か十個入りの卵が、御一家族様一パック限りで七十円だったはず。
「ちょっと何ぼんやりしてるの。さっさと行くよ!」
「いや、うちにはまだ卵残ってるから、買いに行く必要は――」
「だったらこっちの家の為に、もう一パック入手しなさい。大丈夫、料金は渡すし、家族じゃないから問題ない!」
「……はい、分かりました」
完全にタイムセール用のスイッチが入っているのか、血走りかけている目を見て何を言っても無駄だと判断し、渋々と優陽と共にスーパーへ。
タイムセールになると、昨今の飼料高騰により卵も値上がりしていたので、主婦が卵を押し潰さんばかりに殺到してきた。
ここで戦果を得ても自分の食卓へ影響しないので、モチベーションが上がらなかったものの、何とか一つ確保して退避すると、十ある内の一つが割れていた。
タイムセール品は取替えは出来ないので、優陽に卵を割ってしまったことを馬鹿阿呆と罵られ、更には値段の十分の一の七円を負けさせられて、踏んだり蹴ったりだと泣きそうになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます