第28話 試験官エリザポーノ
エリザポ-ノ・ピアース・ヴォーヴァルファットを見て、紡玖の脳裏に閃いたのは名前の長さとは別の事だった。
他のステータスに比べて異様なほど高い腕力を持つ個体は、『まおいく(ベータ版)』では、ある種族の特徴だった。
「もしかして君は、吸血鬼だったりする?」
「あら、やっぱりお気づきになられましたわね。あたくしのアタベクの言った通りですわ」
嬉しそうに笑うエリザポ-ノを見ながら、やっぱり吸血鬼なのかと肩を落とす。
「アタベクって事は君も魔王候補。しかも君のアタベクは、俺を知っている人のようだね」
「まあ、そこまでお分かりに?」
彼女の名前は全て、紡玖の世界にある吸血鬼を題材にした作品のタイトルなのだから、彼女のアタベクが紡玖と同じ世界から来たのだと、判らないわけは無い。
ちなみにエリザポ-ノは人間に恋する吸血鬼の女性を描いた最新ラブストーリーの映画。ピアースは串刺し公爵を題材にした、海外の連続ホラードラマ。ヴォーヴァルファットは、理性を失った吸血鬼とその配下の怪物を倒すアドベンチャーゲーム。どれもこれもネット検索すれば、苦労せず見つけられる程に有名な作品たちだ。
ここまで寸分違わず一致し、しかも紡玖の事を知ってそうなニュアンスのエリザポ-ノの発言を加味すれば、その答えを導き出すのは難しいことではない。
そして異世界の人を教育者にして誰を育てるかといえば、フマムュと同じような魔王候補でしかありえないだろう。
ただその知り合いに心当たりが無いのが、紡玖の本音でもあった。
唯一在り得そうなのは『まおいくベータ版』を手に入れている、同じクラスの蒔田なのだが、まだハードモードを出現させていなかったはずだ。
「それで吸血鬼のエリザポ-ノさんは、何しにここに?」
とりあえず彼女のアタベクが誰なのか、考えても分かりそうも無いので棚上げして、用向きを尋ねてみる。
「そうでした。其方の黒いエルフのお陰で、当初の予定が狂ってしまいましたので、失念していましたわ」
掌を合わせて驚きを表現してから、自分の胸元に手を突っ込むエリザポ-ノ。手の進んだ先は胸の谷間ではなく乳房の横。
そこから一枚の封筒――エリザポ-ノの乳房の形に湾曲している――を取り出して、はいっと紡玖に差し出してくる。
少ない布地の関係で他に入れる場所が無かったのだろうが、そういうのはどうなのかと思いながら、生暖かい封筒を受け取りつつ、こちらの文字は読めないのでチッテッキュに手渡す。
「一週間後の検定試験の詳細の通知です。印も確かめましたが本物です」
封筒を開けて中の手紙を取り出して見ながら、その内容を紡玖とフマムュに言う。
「当たり前ですわ。何て言ったって、あたくしがそれの試験官ですのよ。偽物を持ってくる意味がありませんわ」
それは本当かとチッテッキュに視線を向けると、紙面を見ながら首を捻っている姿が眼に入った。
「試験官は当日に明かされる事になっているのですが?」
「あら、そうでしたの?でしたら得しましたわね。あたくしを倒す予定立て放題ですわよ」
「……いや、そういう事じゃなく」
「何かあたくしに不満――そうですわね、完璧で優秀なあたくしが試験官だと、試験を通過出来るか心配するのは当たり前ですわね」
話してみて態度を見て気が付いたが、エリザポ-ノは前向き思考が服を着て歩いているような少女らしい。
でなければ、一応は敵の屋敷に夜会に出るような姿で単身乗り込み、しかしメイドに取り押さえられ、次に通知の際に試験官の情報を漏らすという大ぽかをしでかしたというのに、ふんぞり返って胸を張るなんて事出来るだろうか。
もしかしたら頭が残念な子、という可能性もあることはあるが。
「えっと、じゃあ、用も済んだようですし、ではお引取りを……」
「ちょっとお待ちなさい、まだまだ宵の口ではありませんの。なのに折角足を運んだ客人を追い返すだなんて、なんとも思いませんの!?それにまだあたくしは『フマムュ・スムサ』にお逢いしておりませんわよ!」
憤然とした態度でそう言われると、あまり押しの強くない紡玖はそういうものかなと納得してしまって、取りあえずある物でとクッキーと紅茶を差し出す。
「あら、結構美味しいですわね」
満足したように頬張りはじめたエリザポ-ノを見つつ、背中に隠れ続けるフマムュを掌で押し包むようにしてから前に出す。
「この子がフマムュ・スムサです。ほらフマ、ご挨拶」
「うぅ……フマムュ、フマムュ・スムサ、です。まおーのこうほやってます」
初めて出会った時と同じような自己紹介を素早くして、さっと紡玖の後ろに隠れてしまう。
今更ながらに気付いたが、フマムュは自信溢れるエリザポ-ノとは対極的に、初めての相手には引っ込み思案の人見知りらしい。
臆病な小動物の様なフマムュの姿に、可愛さと頼りなさから苦笑しつつ視線をエリザポ-ノに向けると、何故か愕然とした様な表情を浮かべていた。
どうしたのだろうと見ていると、ワナワナと震えながら指をフマムュに突きつけてきた。
「そ、その小さな女の子があたくしの相手ですってぇ!?な、舐めてますの?あたくしの事をお舐めになってるのでしょう!?」
「ひぅ!……」
突然初対面の相手に大きな声で怒声を向けられて、小さな悲鳴を上げつつフマムュは紡玖の背中の後ろで震え上がってしまう。
その情けない様子に更に腹が立ったのか、カッとエリザポ-ノの顔色が真っ赤に染まったかと思いきや、すぅっと血の気が引くようにして無表情になった。
「はぁ……冷めましたわ。どんな強敵が相手かと、ワクワクしていましたのに。まさかこんな小さく力の無いのが相手だなんて」
熱が冷めたと口にしても、矢張り何処か納得が行かない部分があるのだろう、差し出してあったクッキーを鷲づかみにするとそれを口に放り込んで噛み砕き始める。
「まっふぁくあはへふっはあ、なひはおほひろいあいへれうわよ、ははのほほほひゃなひほ――ごくん。それではまた試験の時に。クッキーと紅茶、大変美味しかったですわ」
クッキーと一緒に不満も噛み砕いて飲み込んだのか、カップに入った紅茶を飲み干してから、そうにっこりと淑女然とした微笑を浮べてから、調理場から立ち去っていった。
突然の態度の豹変に思考が追いつかなかったので、三人して呆然と見送ってしまったのだが、一番最初に我に帰ったのはチッテッキュだった。
「あのアマぁ、玄関の扉を修復せずに逃げやがった!!」
我に帰って直ぐだったからか、完全に地の調子でそう怒声を上げると、追いかけるようにして調理場を後にする。
やや間を置いて、さてどうしようかと考えて、取りあえず洗い物でもしようかと、エリザポ-ノが使用した皿とカップを手にした。
「ねえフマ。洗い物手伝ってくれる?」
「うん!やるやる~」
知らない人が居なくなって安心したのか、フマムュは紡玖の問い掛けに嬉しそうに答えながら、踏み台を抱えて洗い場まで持っていこうとしている。
もし試験で人見知りが発動したら試験どころじゃないなと考えながら、ではどう克服しようかという案は洗い物が終わってからだと、夕食で使った食器と調理器具を二人で洗っていった。
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