第27話 あと一週間
魔王候補の検定試験まで残り一週間になった。
あの隠れオニで一時期仲が悪くなったフマムュとチッテッキュだったが、ゆっくりと亀が這う様な速さで関係が修復されていき、どうにかこうにかまたチッテッキュが教育に参加出来る様になっていた。
それでも近くにチッテッキュが居ると見える範囲に紡玖が居ないと心配なのか、トイレに立とうとすると「いっしょに行く」と付いてくるので、まだまだ関係の構築は不完全のようだった。
そんな中であってもこの一週間の間にフマムュの特技の欄に、新たに二つの名前が書き加えられていた。
一つは『伝馬の俊足』という素早さを高める補助魔法。これは回避型に育てているため、覚えてもおかしくは無いという予想の範囲内。
もう一つは『奇跡の光明』という魔法。これは『まおいくベータ版』でも見た事が無かったし、チッテッキュも聞いた事が無いというので、調べてもらっていた。
「それで調べた結果が、勇者専用の魔法って事?」
「かなり昔の勇者が、当時の魔王に使用した記録がありました」
四将軍時代の伝手で手に入れたらしい古びた本によると、その一撃を受けた魔王は手酷い痛手を受けつつも勇者を撃退。だが戦後の状態が芳しくなく、程なくして次の魔王が誕生する運びになった、ということらしい。
「そんな危険な魔法が、何でフマに?」
「何故だか私にも……その機械が壊れていないのなら、魔王様に痛打を与えられる魔法を、いまのお嬢様が覚えられるはずが無いのですけど」
こちらの薪のオーブンの使い方に慣れてきたので、夕食の残り火を利用して試しに作ったクッキーを、パクパクと今まさに食べているフマムュの写真から得た、最新のステータスを見ながら首を傾げる。
確かに全体的に数値的には最初の頃より伸びているし、素早さにも磨きが掛かって回避型として順調に完成へ向かっている。
しかしチッテッキュより強いと想定される魔王に、一撃を見舞えるほど成長しているのかといえば首を横に振らざるを得ない。
それに何より――
「なあフマ。もう一度『奇跡の光明』を使ってみてくれないか?」
「むぐむぐ――んッ、いいよ」
調理場で魔王へ大打撃を与える程の魔法を使うなんてと、聞いたら大体の人が驚くだろうが、そんな心配は必要無い。
ぽわぽわとフマムュが突き出した手の前に真っ白な魔法の光が灯り、それが大きくなろうとした時にぱしゅっと音を立てて消えてしまう。
某RPGならMPが足りません、と出てきそうな光景だ。
「やっぱり使えないよね」
「覚えた技を使えないなど、本来ならばありえない筈なのですが」
そうなんだと視線を向けてみると、この際だからと説明してくれた。
「特技を覚える方法は教授されるか自然と覚えるかの二つで、例外はありません。教授される方ならば、一旦覚えはしても未熟だと使用出来ないのは当然。ですが経験と身体能力の合致から生まれる自然と覚える特技は、その時点から使えないとおかしいのです」
つまりフマムュの特技『焔の吐息』『伝馬の俊足』『奇跡の光明』は、誰が教えたわけでもなく覚えた特技なので、使えないと道理が通らないと言いたい訳だ。
「だけどちゃんと特技の欄には乗ってるし、実際発動前の段階まではいける様だし」
何か自分の話をしていると分かっているのだろう、近くまで近寄ってきたフマムュ。その頭を撫でながら、紡玖はどういう事だろうとチッテッキュに尋ねる。
普段のメイドらしい業務用のニコヤカなものから、思わず出たらしい地の表情で、むむっと難しい事を考える表情になっている。
「考えられんのは魔王様の因子か……だが聖系統は……だとするとつまり……」
紡玖に聞こえるか聞こえないかの音量で、チッテッキュはブツブツと思いついた事を口の中で転がす。
考えるのに忙しいみたいだし結論が出るまで待とうかなと、クッキーを手に取りぱくっと口の中に入れながら、空になっていた紅茶ポットに沸かしたお湯を注ごうとした。
その時、屋敷の玄関付近から轟音。続いて重たい何かが倒れるような音。
夕食も終わって、後は虫たちが鳴くのを聞きながら眠るという時間帯に似つかわしくない、物々しい物音が調理場まで響いてきた。
「彼方とお嬢様はここでお待ちを。様子を見てきます!」
思考の海から一瞬にして帰還したチッテッキュは、飛び出すようにして調理場から出ると、玄関方向へと走っていった。程なくしてバタバタと、恐らくチッテッキュと誰かが争うような音が。
何が起きたのかと背中に隠れてビクビクしているフマムュを、チッテッキュは強いから大丈夫だ、と安心させるために後ろ頭を撫でてやる。
やがて争うような音は止まり、続いてこちらへと誰かが喋りながら向かってくる。
「オラ、ちゃっちゃと歩け!」
「痛ッ!ちょっと、あたくしを誰だと思っているのです。といいますかこの怪力、貴女本当にエルフですの!?」
話し声から推測すると、地を丸出しにしたチッテッキュが、誰かを捕まえてこちらへと向かってきている様だ。
チッテッキュが無力化したらしいことを理解して安心し、一体こんな時間に玄関を破壊してやってくるのは、どんな人だろうと考えていた。
「お嬢様。不埒者を無事に取り押さえました」
「え、何ですのその口調。貴女の様な粗暴なエルフが猫を――痛ッ、腕を、腕をお放しなさい!」
そして調理室へとチッテッキュが腕を捻り上げながら連れてきたのは、歳は十台半ば頃の長い金髪縦ロールかつ勝気な釣り目で、均整の取れた体形の少々背が高めな少女。
それだけなら精巧な芸術品の様だと思えるのに、身に纏っている固まりかけた血の様な赤黒い色のイブニングドレスと、それがより悪趣味になる程にフリルやリボンをベタベタと貼り付けているので、なんか子供用の安っぽい人形にまで印象が落ちてしまう。
「いい加減に、腕をお放しなさい。これが客人を迎える態度ですか!」
「屋敷の扉を破壊しておいて、客だと抜け抜けとよく言えますね」
「挨拶のために、ちょっと強めにノックしただけですわ!あれで壊れる柔な扉の方が悪いのです!」
言い合いを始める二人を見ながら少女の言葉が本当かどうか確かめようと、紡玖はこっそりとスマホでドレス姿の少女の写真を撮り、ステータス画面を呼び出す。
出てきたステータスの筋力パラメーターを見ると、細く見えるその腕からは信じられない程、意外な事にチッテッキュのより上回る数値が示されていた。
「チッテさん、その子の言っているの本当だよ。もの凄く力持ちみたい」
それを苦も無く捻り上げているチッテッキュの、その技量の高さに感心しながらも、一応は助け舟の積もりでそう発言する。
一応言葉の裏が取れたからだろうか、取りあえずは少女の腕を放しつつ、しかし何時でも飛びかかれるように警戒した様子で、チッテッキュは少女から距離を置く。
「ああもう本当に、エルフは石頭でいけませんわ。それに引き換え、あたくしのアタベクと同じく、人間の頭は柔軟なようで助かりましたわ」
捻り上げられた腕の調子を確かめるためか軽く肩を回す少女。
背中から脇の下までざっくりと開かれたドレスから見えた白い肌と、豊満な乳房の横乳が眼に入って、思わず紡玖はいけないものを見た気がして視線を逸らしてしまう。
「さて先ずはご挨拶を。お初にお目に掛かりますわ。あたくしエリザポ-ノ・ピアース・ヴォーヴァルファットと申します」
そんな紡玖の様子を知ってか知らずか、エリザポ-ノと名乗った少女は、ドレスの裾を摘み上げながら頭を垂れた。
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