第26話 勝負後のお風呂
結局隠れオニの勝敗は引き分けに終わった。
制限時間内に、安全な自室に戻ってくると網を張っていたチッテッキュの予想が外れた事と、自信を消失したフマムュの負け宣言による結果だ。
しかし勝敗どうこうの前に、二人の関係が出会った当初の物へと逆戻りしてしまった事の方が気がかりだった。
何があったか聞いても、ただ追いかけていたのだとチッテッキュは言うし、フマムュは『焔の吐息』をチッテッキュに使用した事を謝るばかり。
全く何が雨降って地固まるだよ、と今回の事を提案してきた優陽に責任を擦り付けつつ、いま紡玖が何をやっているのかといえば、お風呂の準備に他ならない。
というのも何故か汚れひとつ無い真新しいメイド服を着たチッテッキュは別に良いが、森の中を逃げ回ったらしいフマムュは全身泥だらけだし、髪の中にまで土が入ってしまっているので、風呂に入れようという話になった。
しかし案内されたのは、熱した石に水をかけて水蒸気を発生させるタイプのサウナ。風呂はこのタイプしか無いのだという。
なので紡玖の世界の風呂の話を聞かせると、疲労回復がどうのと語った辺りでチッテッキュが興味を持ったようで、やおら近くの木の枝を手折ると、井戸の直ぐ側に突き刺して精霊魔法を使用しだす。
なんだなんだと見ていると、あっという間にその枝が成長して長方形型の浴槽になってしまった。
「さあ次はどうするのですか?」
なんか張り切っているなと感じながら、その浴槽に水を入れるように頼むと、精霊魔法で井戸から水を引き上げて満杯になるまで注ぎ入れる。
「風呂という割りに、水に入るのですか?」
「いやいや、ただでさえ露天なのにお湯にしないで入ったら、風邪引いちゃうよ」
そう疑問に答えながら、湯を沸かす為のボイラーなどはないので、キャンプ知識を流用することにした。
地面の上にある手ごろな拳大の石を四つ程探して拾い上げ、それを一箇所にまとめて置く。
「フマ。この石に『焔の吐息』をお願い」
「……?」
チッテッキュの近くに居たくないのか、紡玖に付いて回っていたフマムュは、キョトンと何を言っているのか分からない様子。
紡玖はジェスチャー交じりでどう言う事かを実践してみせると、いまいち理解が及んでいないようだが、それでもフマムュは石に向かって精一杯息を吸った『焔の吐息』を吐き出した。
軽く表面が赤熱した石を二本の生木の枝を菜箸の様に使って一つ浴槽の中に入れる。ボコボコと石に触れた水が沸騰するのを見つつ、手で水をかき回して温度を確かめる。
まだまだ温いなと二つ三つと入れていき、四つ目を入れるかどうかで悩む程度に湯船は温まった。
「これが俺の世界の、というか日本のお風呂ってヤツだよ」
「踏んだら危ない熱した石を、何故入れる必要があるのですか?」
熱い石を踏まないようにと、湯船の端の方へと木の枝で寄せているのを見てか、そう疑問を言って来た。
「お湯を温め続けてくれるから、湯船が冷め難くくなるからだけど。それがどうしたの?」
「いえ。お嬢様も私も火を扱えるのですから、温くなったら直接水に火を当てて沸かせば良いのではと」
「あっ……そういえば、そうだった」
魔法という便利な力の使用にまだ理解が追いついていなかったのか、そういう発想は無かったと苦笑いを浮べてしまう。
「そういった魔法への不理解を見ると、ニンゲンなのだと実感して安心します。さてでは、お嬢様がお風呂に入るのを手伝って差し上げてください」
屋敷内での仕事が残っているからと踵を返すチッテッキュの腕を、思わず紡玖は手で掴んでいた。
「……何かまだ御用が?」
「なあ、どうしても俺が入れないといけないのか?」
「そちらの風呂の作法に明るい彼方が入れるのが筋でしょう。それに私はお嬢様にまた嫌われたようですし」
また今夜も酒に溺れるのかなと、一瞬現実逃避しかけて意識を今の問題に戻す。
「いやでもほらさ。男性が女性の肌を見るのは、やっぱり倫理的にいけない事でしょう?」
「彼方はアタベクですし、小児性愛者ではないのですから、何か問題でも?」
もう言う事は無いかと掴んでいる手を剥がしに掛かってきて、もうどう言葉を積み上げてみても、フマムュが風呂に入る手助けをしないといけないのだと理解する。
「そもそも、今まで風呂とかどうしてたんですかね……」
「身奇麗にする加護が服に掛かっておりますので、お部屋に閉じこもっていたお嬢様にそういう類の事は必要が無かったのです」
なんとも加護万歳な世界だろうか。フマムュが自分で風呂には入れるのでは、という一縷の望みも絶たれてしまった。
しかもフマムュが自分のことで言い合いになっていると理解してか、何故か悲しそうな瞳で紡玖の方を見上げてきた。
退路も断たれ、援軍の当ても無く、紡玖は完全に白旗を上げた。
「じゃ、じゃあせめてフマムュの身体を隠すための、タオルとか大き目の布とかを持って来て下さい。お願いします」
「何をそんなに問題視しているのか、理解に苦しむのですが……」
「少女の裸を見たなんて知れたら、殺されるからですよ!」
何処の誰に殺されるのかは分からないが、確実に抹殺されるだろうと、何故か変な確信を持ってしまう紡玖。
しかし温かいお湯の中に浸かるという体験が気に入ったのか、今後もフマムュは風呂を日に一度ねだる様になるのだが、程なくしてチッテッキュも疲れが取れるからと風呂を愛用しだすので、今後はもう少しだけ風呂関係の心労が減る事態になるのだが、今の紡玖にはまだあずかり知らない事だった。
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