第30話 試験勉強・異世界

 昼食後の勉強で水温によって塩の溶ける量が変わる事と、そこからの塩の再結晶化の実験をフマムュにやらせながら、その横で紡玖は試験官だと名乗ったエリザポ-ノの、あのチッテッキュに腕を極められている写真から、呼び出したステータス画面で数値を確認していた。

 魔王候補の一人で試験官をやっているという事は、もう既にこの試験にはクリアーしている筈で。その予想を肯定するように、ステータスは筋力と生命力を筆頭に大体の値が高水準で纏まっている。

 流石にチッテッキュ程の馬鹿高さというわけではないが、それでも『まおいくベータ版』のあのドラゴンタイプの敵キャラ並みのステータスを誇っている。

 フマムュがステータスで勝てているのは素早さの一点のみで、それでも絶対的に安全というほどの開きは無い。

 フマムュの体力とエリザポ-ノの筋力差から、恐らく一発攻撃が入れば試験はそこで終わってしまうのに、この素早さの値では心許無い。

 唯一の救いと言えるのが、エリザポ-ノの特技がほぼ体術の直接打撃系に絞られており、魔法系には直接攻撃の類が無い事。

 そういえば強い相手を求めているような発言していたなと、そんな性格を現しているかの様な特技欄に苦笑いする。

「漸く出来ました。ご要望のフマムュお嬢様の戦闘服です」

 そう発言しながら入ってきたチッテッキュの顔には、やや疲れが見えていた。

「あ、出来たんですが。結構早かったですね」

「このような服を作ったのは初めてでしたので、綿糸を精霊魔法で操ってもかなり難儀しました。しかし本当にこの服の加護は、素早さを上げるそのただ一点で良いのですか?」

「何個も加護を付けるより一つだけの方が、上がる幅が大きいんでしょ。それにその目的の為に俺の世界にある、動き易い運動着を模してもらったんですよ」

 手渡されたチッテッキュの作った運動着を手に取り、その機械による大量生産品並みに緻密な、しかし手作りの温かさを伺わせる手触りに感心してしまう。

「フマ。サイズが合っているかどうか、着替えてみてくれない?」

「うぅ~……まだ実験の最中なの~」

 紡玖の世界から持って来た透明なガラスのコップに入れられた温かい塩水と、それに浸かっている先を丸めた糸をじっと見ながら、塩の再結晶化を見逃すまいとしている。

 本音を言えば今すぐに着替えて貰って、その後にエリザポ-ノ対策をしたいのだけれど、まあ集中している様だからとフマムュが実験を終えるまで待つことにした。

 じんわりゆっくり下がる塩水から、析出された塩の結晶がコップの底と糸の周りに付着し出したのを、もうすっかり冷え切ってもうこれ以上は塩の結晶は出来ないと教えてあげるまで、フマムュはキラキラと不思議なものを見る目で見ていた。

 その後、満足げにコップから離れたフマムュは、チッテッキュの作った運動着をその場でいそいそと着替え始めた。

 慌てて裸体を視界に入れない様にして、待つこと数分。

 そこには柔らかそうな綿の上着と、身体の線が出るスパッツ姿のフマムュがいた。胸に『ふまむゅ・すむさ』と書いた名札を付ければ、列記とした体育授業中の小学生に見えなくも無い格好だ。

「お嬢様、きつい部分などは御座いませんでしょうか?」

「だいじょうぶ、動きやすい」

 衣服を整えようと伸ばしたチッテッキュの手から逃れて、紡玖の背中に隠れてしまう。

 まだまだ関係修復に時間が掛かりそうだが、この後の予定を考えるとそうも言っていられない。なにせこれから始まるエリザポ-ノ対策の要が、チッテッキュだからだ。

「駄目だよ、フマ。その服を作ってくれたチッテさんに、ちゃんとお礼を言わないと」

 だから少しでも二人の関係の潤滑油になればと、そうフマムュを促す。

「……チッテッキュ、ありがとう。この服、気に入ったの」

「その言葉だけで、私の労力は報われまして御座います」

 さてでは多少の関係修復がなされたと無理矢理楽観視して、対策を始めることにしようと、二人に向かって考えを話していった。

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