腹貸して?


「が~あ~! つ~か~れ~た~」


 そんな言葉を吐きながら、彼が私達の部屋に帰ってきた。

 彼が近寄ってくるにつれ、アルコールの匂いが鼻に届いてくるけれど、まぁ、顔を背けるなり歪めるなりするほどじゃない。

 泥酔して緩んだ赤ら顔に、おかえりって声を掛ければ、たで~ま~疲れた~とか言って、彼はソファーに座る私の元に真っ直ぐ来た。


「………できれば、正座をしてはいただけないでしょうか?」


 それまでの緩んだ顔から一転、彼は真顔でそんなことをのたまう。

 何で敬語なのとか、何で正座とか訊いても、いいからお願いしますって言うばかり。

 拒否る理由もないので正座をしたら、彼が勢い良く私のお腹に突っ込んできた。

 突然でビックリしたけど、直前で減速したみたいで特に衝撃はなく、気付いた時には、彼の顔は私のお腹に埋まっていた。


「……これは何?」

「充電。もう疲れた~」


 彼のくぐもった声が、真下からした。


「上司の愚痴長すぎだろ、てか、説教も長えし。そもそも、何であいつの酒に付き合ったの、俺一人なんだよ。上手く逃げやがって、裏切り者共が~。明日覚えてろよぉ……」


 それから延々と、彼は私に愚痴った。

 その間にできることは、彼の頭を撫でながら、相槌を打つくらい。


「やだねえ……。そんな面倒なことを我慢してやり遂げた君は、とっても偉いよ」

「だろ~?」


 お酒に酔っていた時の記憶を、覚えてる人と、覚えてない人がいる。

 彼の場合は、まちまちだ。

 覚えてる時は、起きた時から会社に行くまで、ずっと顔を赤らめて、照れて口数も減る。だけど帰りに、ケーキ屋さんでケーキを買ってきてくれる。

 覚えてない時は、終始ずっとクールで、澄まし顔で会社に行く。それで帰りに、ワインなり焼酎なり買ってきて、一緒に一杯やるんだ。


「明日の君はどっちだろうね」

「ん~? な~んか、言いました?」


 ううん、何も言ってないよ。

 そう答えて、ひたすら彼の頭を撫でる。


 明日がとっても、楽しみね。

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