英雄を失った日

 英雄は負けない、わけではない。


 英雄だって膝を地に着けるし、

 涙を流し、血を流し、

 手足を失い、臓物を失い、

 死ぬことだってあるのだ。


 私の英雄はまだ死んでいない。

 膝を地に着けても、心は屈しない。

 血を流しても、涙を流さない。

 五体満足、臓物も失わず。

 憧れを瞳に宿し、その背中を見つめてきた。


 ──しかし、どうだ。


 私の英雄は命を選ばされる。

 数多の命か、私の命か。

 私は当然、数多の命を選ぶと覚悟した。

 それは決まりきったことなのだ。

 たかが私の命と、数多の命。

 英雄は人々を救い、導くべき存在。

 なら、私は切り捨てられるべきで。


 ──なのに英雄は、私を選んだ。


 英雄は左目を失い、

 絶え間なく血と涙を流し、

 子供のように私にすがりつく。

「他の人間なんかどうでもいい」

「君が傍にいてくれればそれでいい」

「君を失うくらいなら、肩書きなんか捨てる」

 ぼんやりとその様子を眺めながら、


 ──私の英雄は、死んだのだな。


 そんなことを考えた。

 たった一人の為の英雄もいいのだが、

 私が憧れたのは、

 愛したのは、

 たとえ敗北を味わっても、人々を救うことを諦めない、


 ──誰かの、でもある、私の英雄なのだから。

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