助手志望の少年
ボクの知り合いに、探偵がいる。
お母さんが所有する、四階建てのビルの三階を借りている人で、よくご飯を食べなくて倒れる人だ。
探偵というのはそんなに儲からないという話を聞くけど、家賃を滞納されたことは一回もない。格好だっていつも高級ブランドの物で固めているらしい。
だけどよく、ご飯を食べない。
食べることを忘れてるのか、それとも食べることが嫌いなのか、ご飯を何日も食べなくて、青い顔してそこら辺にぶっ倒れる。
周りの人達は呆れながら彼を助けていた。何回も何回も繰り返しているから。
皆、呆れて呆れて、ついにお母さんが動いた。
「探偵さんにご飯届けて。で、食べ終わるまで見張って。すぐに食べなかったら無理矢理食べさせて」
お小遣いあげるからって、野口さん三人を見せながら言われたら、従うよね?
初対面の探偵は、ソファでお昼寝していた。
「探偵さん、起きてください。お母さんに言われてご飯持ってきましたよ」
揺すりながら言えば、探偵はボクの腕をいきなり掴んで、
「……帰って、きたの……?」
「え?」
「……どこにも、いかないで」
「……あの、いかないですよ、どこにも」
あなたのご飯ですから、と答えたら、勢い良く瞼を開けて、
「……ご飯?」
「ご飯」
そして探偵に持ってきたご飯を見せたら、一瞬で取られて、あっという間に食べちゃった。
「……っ」
「ごちそうさまでした」
満足そうな顔だった。
それがボクと探偵の出会い。
◆◆◆
ご飯の配達はその一回で終わらず、ボクや探偵によっぽどの事情がない限りは、ほとんど毎日届けていた。
最初は食べてる様子をぼんやり見ていただけだったけど、いつしか話しをするようになった。
と言っても、探偵が解決してきた事件の話を聞いて、それに相槌を打つだけなんだけど。
ちょっと誇張してない? と思う話がいくつかあったけど、これが証拠だって、新聞の記事や録画したニュース映像を見せられると、本当なんだなって納得するしかなくて。
ただ、
「ここ一年くらいのはないんですね」
そう言ったら、探偵は黙ってしまった。
ご飯をちゃんと食べてるはずなのに、顔がどんどん青くなって。
「……今日は、帰ってくんない?」
ボクは首を傾げながら、言う通りにした。
家に帰って、お母さんにその時のことを話したら、少し悲しそうな顔をされた。
「あんたそれ、言わない方が良かったよ」
探偵には昔、助手がいたらしい。
探偵は日常のほとんどをその人に世話してもらってたみたいで、大変そうだったけど、近所の人に愛想良く接していて、それなりに可愛がられていたらしい。
だけど、一年前。
連続殺人事件を追っている最中に、その犯人である殺人鬼に助手が捕まったみたいで、探偵はすぐに助けに行きたかったけど、殺人鬼の協力者に邪魔をされて──間に合わなかったんだって。
「事件は解決したけど、探偵はそれっきり、元気をなくしてね。一ヶ月くらい姿を見なかったから死んでるんじゃないかって心配になったけど、家賃の取り立てに行ったら出てきてくれて、銀行振込じゃないかって怒鳴られたわ」
それからは外に出るようになって、そしてよく倒れるようになった。
「私は、住む家とご飯を用意するくらいしかできないけど……あんた、人懐っこいし、話聞いてやるくらいしてやりな。それで少しは救われてるよ」
「……それで、いいのかな?」
「え?」
「探偵、まだ淋しいまんまでしょ? このままじゃ、ボクが行かなくなったら、きっとまた元に戻っちゃうよ」
「でも、私ら他人にできることなんて、それくらいだろうし。そこまで気負わなくていいよ」
「……他人、か」
◆◆◆
探偵とボクは、単なる知り合い。
ご飯を届ける人、話を聞く人。
それだけの人。
事件の話をしている時、探偵はとても楽しそうで、聞いてるボクも楽しい。
だけど、事件の解決に向かう探偵は、つまらなそうで、淋しそうだ。
そんな探偵の背中を見送るのは、ちょっと、いや少し、……本当はかなり嫌。
できることなら、ついていきたい。
ほら、行きますよって、手を引きたい。
探偵のことだから、最初は面倒そうにするんだろうけど、その内、仕方ないなって言ってくれそうな気がする。二回目以降のご飯の時そうだったし。
気負わなくていいって言われたけど……ボクは、したいことをしてみたい。
探偵とボクは、単なる知り合い。
──だけど一歩、一歩も二歩も進んで、今とは違う関係になってみたい。
探偵の助手になっちゃ、ダメですか?
今日、ご飯を届けに行った時に訊いてみよう。
断られても、諦めない。
認めてもらえるまで、頑張ってみるんだ!
そんな夢みたいなことを考えながら、今日もボクは、探偵にご飯を届けに向かった。
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