理想の◯◯◯
鳥の
午前三時を最後に、時刻を確かめることもできない。
薄青い空の下、この日の為にと用意した白い服を身に纏い、手に手を取って走り出す。
──本当に、これで良かったの?
彼は何度も訊ねてきた。
何度も何度も、同じ質問。いい加減にしてほしい。
苛立ちを隠さず言った。
──これが良かったの。
諦めたように溜め息をつかれた。
◆◆◆
辺りが明るくなった頃、私達は今にも倒壊しそうな建物の中に入った。
ずっと昔に使われて、ほったらかしにされていた教会。
天井には大小問わずいくつもの穴が空き、床は所々板が剥がれ、下の土が露わになり、草や花が無秩序に生えてしまっている。きっとそこらに虫もいるだろう。
「……なぁ」
不安そうな彼の声にうんざりする。
口で黙らせてやろうかと思ったけれど、それは後に取っておこう。
手で彼の口を押さえた。
「いい加減にしてくれない? 私の理想を叶えてくれるんでしょ?」
「ふぇひょ(でも)!」
怯えと怒りの混じった目で私を見てくる。
ちょっとそれはいただけない。
「──私の花婿様はー、いつの間に臆病って病になっちゃったのかなー?」
彼の身体が強張る。
「私ー、そんな病の男と結婚なんてー、したくないなー」
「……ふぁれふぁ(誰が)、ふぉふひょふふぁっふぇ(臆病だって)」
目から怯えの色が消える。
怒りに燃えるその目は、まさに私がその人に惚れた所で。
嬉しくなって手を離したら、腰を掴まれ、顔をぐいっと近付けられた。
抵抗する暇もなく、まぁ、したくもなく。
一通りしてから、
「誓いの言葉も言ってないし、装備が足りない!」
「あ、ごめん」
ポーチからくしゃくしゃになった白いヴェールを……というか、某テーマパークで手に入れた、ヴェールの付いたカチューシャを、頭に装着する。
真っ白なワンピースに、真っ白なパンプス。
彼も彼で真っ白な服装。
背広に白のペンキぶっ掛けろって言ったけど、それは嫌だと言われたので、白いワイシャツとカジュアルパンツで許してあげた。
「では、改めまして」
お決まりの文言は私から言う。
夢にまで見た理想の結婚式。
女の晴れ舞台、主役になれる一日?
はっきり言って嫌です。
式場代、衣装代、自分達+両家両親+招待客の交通費に場合によっては宿泊費、食事代や引き出物代とか、諸々けっこう、かなりお金掛かるから嫌だもん。そんな金あったらマイホーム代にあてたい。
写真ばしゃばしゃ撮られんのも嫌だし、スピーチするのもされるのもすごく嫌だわ。恥ずいって、余裕で死ねる。お涙頂戴とかいらんのですわ。
既に私は私の人生の主役として日々やってんだから、そういうのはけっこうです。
……でもやっぱり、理想の結婚式は? とか訊かれたら、考えたくはなっちゃうもので……。
それがこれ。
朽ちた教会で、花婿と二人っきり。
豪奢なドレスやスーツでなく、白い普段着で、私は頭にヴェールを付けて、みたいな、そういう式がしたかった。
これならお金掛かんないし、恥ずかしくないもの。
でもこれ、場所によっては不法侵入になるから、あんまり口に出せなかったんだよね……。
プロポーズされて、式はどうするかってなった時、理想の結婚式はどうせできないだろうから、したくないって言ってたんだけど、
もういいやって、なるようなことがありまして。
「汝、花婿は、」
新郎は、の方が良かったかな? なんて思ったら、出入り口のドアが突然強く叩かれる。
音からして、単体でやってるようには聴こえない。
私と彼は揃って身構え、ドアに視線を固定する。
「……三体?」
「いや、もう少しいるな。叩いてないけど足音がする」
「まだもう少し来るわね……あなたがさっさと腹を括らないから!」
「その、ごめん」
しおらしく謝る姿が可愛いから許す。
「もう! せっかくの晴れの日なのに! 誓いの言葉もまだなのよ!」
ワンピースの裾を捲って、ガーターベルトに収納してた回転式の拳銃を取り出す。
ポーチにいっぱい弾丸入れてきたから、ひとまず余裕はあるとして。
「初めての共同作業が先ってどういうことよ!」
怒鳴りつけた瞬間、ドアが破壊された。
「……まぁ、殺りながら言えばいいさ」
冷たい声でそう言いながら、腰に提げた日本刀を鞘から抜いていく。
「……ふんっ!」
二体、三体、四体と奴らが──ゾンビが入ってくる。
予想通りまだまだ入ってくるようで。
「ウォーキングでデットな世界観はドラマだけでいいのよっ!」
クロスボウが欲しいこの頃とか言ったら、推しがバレてしまう。
フィクションでお馴染みの、ウイルス漏れて感染してどうのこうのなアレだ。
特に合図もなく、私らは動き出す。
私は右に、彼は左に。
「汝、花婿は、」
私の方に来た奴の額に照準を合わせ、言った。
「病める時も、健やかなる時も、」
撃つ。右眉の辺りに着弾、表面が少し抉れ、ぐらつくも奴は倒れない。
「花嫁を愛すると誓いますかっ!」
撃つ。生え際の辺りに着弾、小さく血飛沫を上げ後ろに倒れる。死んだか確認する前に、次の奴がそいつの腹を踏みつけて寄ってくる。
「誓います」
彼は彼で掴まれないよう、引っかかれないよう気を付けながら間合いを詰め、首を斬り落としていっている。
「汝、花嫁は、」
撃つ。撃つ。撃つ。
「病める時も、健やかなる時も、」
撃つ。ちょっと後退してリロード。
「花婿を愛すると」
「誓う」
撃つ。
「……」
「……」
少しの間、お互い無言で殺していく。
彼は間合いを詰めて首を斬り落とし、膝の辺りをはね飛ばして体勢が低くなった所で鼻の辺りを垂直に斬り、掴んできそうな手を斬り飛ばして脳天を突き刺し、胴体を斬って上と下を別れさせ、そしてまた首を斬り落とす。
私も距離に気を付けながら少し近寄って撃つ。一発外したけど二発目は着弾。澱んだ瞳と目が合って、気持ち悪くてそこに一発ぶち込む。どす黒い血やら何やらが床にぼたぼた落ちていく。倒れないからもう一発、側頭部に着弾してそのまま倒れた。次のが来たから同じように処理していく。
真っ白だった衣服は、今や真っ赤だ。
「……きひっ!」
あぁ、米が欲しい。
逆にこいつらにぶちまけてやりたい。
だって今日は私の、私達の晴れの日なんだから。
「そろそろハネムーンに行きたいんだけど?」
「それもそうだね!」
奴らから距離を取りつつ、彼の傍に。
「あの壁壊せそうじゃない?」
リロードしながら目星をつけてた壁を顎で指す。
「……足音や息遣いも聴こえない。援護頼むよ」
「もち」
私達はその壁に向かって走り出す。
目の前に行くまでに全弾ぶち込んでいき、
目の前に着くと斬りつける。
元々脆かった壁は、無事に壊れてくれた。
ゾンビは出入り口付近に集中してそこにはいない。
「それじゃあ旦那様、エスコートよろしく」
「了解、奥様」
いつかワイフって呼ばせてやる。
そして、私らは教会を後にした。
◆◆◆
まぁ、なんだかんだで、
これが私の、理想の結婚式。
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