期待するわ

「はい、そこまで!」


 指揮者がびしっと、忙しなく動かしていた手を止めた瞬間、担任が口を開く。


「午前中はここまで。続きは午後にしましょう。それまで一旦お昼休憩」


 途端、生徒達の歌唱が止んだ教室に、生徒達の喋り声が乱雑に響いた。

 ある奴は友達の元に行き、

 ある奴は自分の席で弁当を広げ、

 ある奴は教室を出た。

 俺? 俺は自分の席で弁当を広げてるよ。

 ずっと立ってたから、友達の所に行くのも面倒だし、他の所に行くのも面倒だ。

 それに何より、ずっと歌ってたから、お腹減っちゃって……。

 朝に買ったカツサンドにかぶりつき、何気なく外を眺める。


「……カツサンド、美味しい?」


 いきなり声を掛けられた。

 声からして、女子だ。

 前の席から声がしたから、そっちに視線を向ければ、俺と同じくサンドイッチを持った女子がそこに座っている。


「私はジャムサンド。手作りなんだけどさ、どうしてコンビニって、そういうおかず系はあるのに、こういうデザート系はないんだろう。理不尽だよ」


 そう言って、女子はジャムサンドにかぶりついた。


「……お前も大変だな」

「ジャムサンドが主食じゃないから、別に」


 喋りながら、かぶりつく。

 かぶりつく。

 かぶりつく。

 女子はあっという間に食い終わった。

 俺はまだ半分も食べてない。

 ごちそうさまと短く言うと、女子はポケットから何かを取り出す。


「今歌ってるやつさ、私の好きな人も昔歌ってんだよね」


 取り出したのは、 ウォークマンだった。

 巻かれたイヤホンのコードを手早く解いていく。

 それをじっと見ていたら、気付かれた。


「聴く? 最高だよ!」


 満面の笑みだった。


「……じゃあ、せっかくだし」


 これはもしかして、あれだろうか。

 巷で流行りの、片耳イヤホンってやつか。

 そんな風に思いながら待っていると、女子はまだポケットを探っていた。

 何をしてるのかと思えば、


「自分のイヤホン持ってる?」


 そう訊かれた。

 俺も俺でウォークマンを持ってきてるから、自分のイヤホンは持ってるけど……。

 少し戸惑う俺に、じゃあ、自分の出してと言った女子は、ポケットから出した手に、何か妙な物を持っていた。


「これ、知ってる? これをイヤホン挿入口に付けると、二つのイヤホンで聴けるの」

「……」


 確かに、女子のイヤホンが抜かれ、その代わりに刺さっているその物体には、イヤホンのプラグが二本刺せる穴が空いていた。


「はい、じゃあそっちね」

「……」

「何、黙っちゃって。もしかして、片耳イヤホンでも期待した?」

「滅相もない」


 うっかり即答してしまった。

 そんな俺の反応を女子は笑うと、くいっと、 既に自分の分のイヤホンを刺したウォークマンを差し出した。


「聴くでしょ?」

「………うん」


 ちょっとむっとしつつ、

 ちょっと照れつつ、

 俺は自分のイヤホンを差し出されたそこに突き刺し、昼の一時を、クラスメイトの女子との音楽タイムに費やした。

 ちなみに、女子の好きだと言う歌手の歌は、最高だった。今度音源買おうと思う。

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