闇鍋三昧


あくるひも、あくるひも、

ぼくはそのばにいあわせる。

ともがぼくをまねくから。

ともがそこにいてくれるから。


──きょうもきょうとで、やみなべざんまい。


◆◆◆


 ほんのりカビの臭いが漂う真っ暗な和室。

 少年が一人、青年が一人。

 そしてそこに、中年が一人。

 三人が囲む座卓の上には、ぐつぐつと煮え立つ鍋がある。

 何の鍋かは、分からない。

 分かってはいけない鍋が、それである。


「で、誰からいきます?」


 声を弾ませ少年が問う。

 鼻を鳴らし青年が言う。


「誰からでもいいが、そんなに興奮してんなら、先ど」

「わっ! ありがとうございますっ!」

「あ、うん」


 遮るように返事をし、少年は俊敏に腕を動かす。

 んっ、んっ、と声を溢しながら、掴んだ具を皿まで運んでいき、無事に皿に入れると、満足そうに笑う。


「次はどっちにします?」

「お前が最初だったわけだし、次は……お」

「待て」


 中年が青年の言葉を止める。

 しかし続きを口にしない。

 首を傾げる青年に、沈黙を続ける中年。


「……ダメなのか?」

「……まだ、早くないか」

「そんなことない。早いに越したことはない」


 そして青年は具を皿に運ぶ。

 中年には何も見えない。

 青年がどんな顔をしているか。

 どこを見ているのか。


「次はおじさんですよ! さっ、どうぞっ!」


 少年の明るく朗らかな声に、思わず中年は目を細める。

 中年の顔は少年には見えない。

 青年にも同じく見えないはずだが、


「……早く、食べようぜ」


 その声はどこか、中年を案じているかのような響きがあった。

 中年は黙り、しばらく身動き一つしなかったが、


「………………頂こう」


 どこか観念したようにそう言うと、中年は手を動かし、適当に掴んだ鍋の具を皿に運ぶ。


「皆さん取りましたね? では、食べましょっか!」


 灯りも点けずに三人は食事を始める。

 まずは少年が口をつけ、

 次に青年が一口噛る。

 けれど中年は口を閉ざし、じっとしていた。


「食べないのか?」


 もう一噛りしてから、青年が問う。

 中年は答えず、動くこともなく。

 待っている間にもう一噛り。


「……まぁ、お前の好きにしたらいいよ」

「……まっ」


 青年は丸ごと具を飲み込んだ。


「……っ」

「……」

「……」


 真っ暗な部屋に、沈黙が続く。

 咀嚼音はもちろん、呼吸の音だって聴こえず。

 けれど確かに、三人はそこにいたのだ。

 ──在りし日に。


◆◆◆


 起きましたか?

 ──あぁ。

 三日くらい眠ってましたよ。

 ──なに。

 楽しい夢でしたか?

 ──なべ。

 なべ?

 ──べた。

 べた? なべた? ……鍋食べた?

 ──あぁ。

 そんな季節ですものね、夢にまで視ましたか。

 ──ゆめ、ちが。

 夢ですよ、全部夢。

 だってあなたは眠ってたんです。

 人よりちょっと長いおねんねをしてただけ。

 生死を彷徨ってたとか、そんなことはありえないんです。

 ……でも、変なこと訊きますね。


 何か、食べましたか?


 変な意味じゃないんです。

 変な意味でなく、そう、単なる質問。

 食べてませんよね?

 ……私を忘れて、一人で食べちゃうのは許しません。

 その時は私も、一緒に食べさせてくださいね。



それはぜったいにむりだ。

あのばしょに、ほかのにんげんが

いあわせることはゆるされず。

ともと、ともと、ぼくと、

さんにんだけで、やみなべざんまい。


──ぼくはきょうも、たべられず。

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