闇鍋三昧
黒本聖南
あんぱんを食う小娘
散歩してたら急に、雨が降ってきた。
そういえば今日は午後から降ると言ってたな、なんて思い出した、まさにその瞬間だった。
携帯雨傘なんて持ち合わせていない。
雨が小降りならそのまま歩いたが、雨脚はけっこう強く、その内土砂降りにでもなりそうだ。
濡れる衣服や髪に苛立ちながら、雨宿りのできる場所を探す。
周りには、自分みたいに避難場所を探す者、既に避難場所を見つけた者、そもそも携帯雨傘を持っていてそれを使う者など、色々な人間がいた。
ただの気分転換、目的地なんてない、単なる散歩だったはずなのに。
当てもなく歩き回り、そうして辿り着いたのは、遊具の少ない小さな公園。
奥の方に、雨宿りができそうな屋根のあるベンチがあったので、もはやそこしかないと走り出す。
水分を吸い重くなった髪や服、顔や腕に流れ伝う雫、それらが気になって仕方ない。
雨宿りができたらすぐにどうにかしようと考えていたが、
「君も雨宿り?」
先客がいた。話し掛けてきたのは小柄な、見知らぬ少女。
彼女は、自分が座ろうと思っていた隣のベンチに腰掛けていた。
「そっちは、雨宿りじゃないでしょう?」
少女の長い髪も、見るからに可愛らしい服も靴も、どれも全然濡れていない。
彼女は照れたような笑みを浮かべ、脇に置いていたらしい何かを自分に見せてくる。
それは、紙袋だった。
「そこにパン屋があるでしょ? そこのあんぱんがとっても美味しくてね、雨が降る前に買ったの。ほんとは帰ってからにしようと思ってたんだけど、我慢できなくて食べちゃって。そしたら、雨が降ってきた」
そこまで言うと、少女は紙袋からあんぱんを取り出し、口一杯にほうばる。
見てるだけで美味しいのが分かる、幸せそうな笑顔だ。
「ひみもはべる?」
口の中にあんぱんがある中そう言うと、少女はまた紙袋からあんぱんを取り出し、自分に差し出してくる。
正直食べ物よりも、タオル的な物が欲しかった。
しかし少女の食べっぷり、彼女に差し出されたことで、微妙に腹が空いてきた。
結局、少女からあんぱんを受け取った。
一口
パン生地はほんのり甘く、あんこはしっとりとしている。どうやらこしあんみたいだ。
「美味しいでしょ?」
少女は得意気だ。
自分が作ったわけでもないのに。
どんだけ好きなのか。
「こんな雨の日に、誰かと一緒に食べるあんぱんってのもいいでしょ?」
気付けば少女は次のあんぱんに手を掛けていた。
その目は自分を見ず、未だに雨を降らす濁った空を見上げる。
旨いあんこに、風情ある灰色の空。
たしかに、たまにはこういう、マイナスイオン漂う非日常も悪くない、のかもしれないが……。
「……寒い」
そんなものより、タオルをください。
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