泣くあなたより、泣かない彼


 私の探偵はよく泣く。

 推理が面倒になってよく泣く。


「むりむりむりむりかたつむり」

「無理でもやらないと、先生」

「かたつむりはスルー?」

「くそつまんないので」

「酷い! あと、女の子がくそとか言っちゃダメなんだぞ! お下品!」

「性差別ですか、先生?」

「え、いや、その」

「……失礼、軽口の応酬はこの辺で。さっさと謎解きをしませんと、次の被害者が出てしまいます。そんなの、嫌でしょう?」

「……嫌、というか、ダメだよ。これ以上、悲しむ人を増やしたら、ダメだ」

「なら、」

「でもめんどくさーいのー!」


 床に転がって、泣きながら駄々をこねる三十半ばの名探偵の姿には、正直溜め息しか出ない。

 だけど私は知っている。

 そんなことをしている最中も、頭の中で謎を解いていることを。

 数時間後、あるいは数分後に、急に泣き止んで、場所に構わず大きな声で叫ぶんだ。

『解けた解けた! もう大丈夫!』

 その時に浮かべる、子供じみた満面の笑みが、それなりに好きだった。


 ──その程度、だった。


 名探偵以上に、心奪われる人に出会った。

 その人は、私より少し年上の男の人で、

 ほんのりと血の匂いがして、

 ──自分は殺人鬼なのだと、よく言っていた。

 冗談で済ましても良かったが、彼からはいつも、ほんのり血の匂いがしていた。

 普通に会話ができていても、

 普通の人ではないようで。

 それでも、特に警戒はしなかった。

 話し掛けられたら会話したし、

 姿を見つけたら話し掛けた。

 これでも名探偵の助手、穏やかじゃないことには慣れている。……というのもあるけど、それより……。

 彼の表情。

 彼はいつも、泣きそうな顔をしていた。

 最初はうっすらとだが、私と話していると徐々に、泣きそうな顔になっていく。

 笑うことも笑い声を上げることもあったが、そんな時はどこか泣いているようで。

 ちゃんと泣けばいいのになって、思ってた。

 我慢は良くない、あの名探偵は派手に泣き叫ぶ。

 泣きたいなら泣けばいいのに。

 そう思いながら会話を重ねていくから、いつしか私、彼の泣いてる姿が見たくなってきて。

 どうしたら、泣いてくれるんだろうって、そんなことばっかり。

 自分から泣かせにいくより、自発的に泣いてくれる方がいい。


 見たい。


 見たい。


 見たい。


「■■■ちゃん」

 ある日、向こうから声を掛けてきた。

「……■■■、ちゃん」

 名前を呼ぶばかりで、何も言ってくれない。

「……」

 次第に名前すらも、呼んでくれなくなって。

「◆◆◆さん?」

 一歩、前に出たら、

「……っ!」

 首筋に鋭い痛みを感じたのと、

 彼の手が私の首に向けて伸びてるのが、目に入った。

「……僕達はさ、仲良くなっちゃ、いけなかった」

 ゆっくりと、下ろされていく彼の手には、注射器が握られていて。

 徐々に身体の力が抜けていき、膝から崩れ落ちそうになるけど、すぐに彼が抱き止める。

「僕、何やってたんだろう。……何、やってるんだろう」

 雨も降ってないのに、肩が濡れてきた。

「……ごめん」

「……っ」

 言いたかった。

 私の目を見て言えと。

 そしたら、あなたの泣き顔が見れるのに。

「……!」

 どうにか顔を見ようと、力を振り絞るけど──彼の顔を見ることは、叶わなかった。

 意識を失う寸前に、思った。


 このまま殺されるのかな?

 まぁ、名探偵の助手やってるわけだし、そういう危険もあるか。

 殺されるの……なんか、実感ないな。

 そんなことより、私、見たいんだよな。

 今、泣いてるみたいだから。

 彼がやっと泣いてるみたいだから、ちゃんと見たいのにな。

 ……それさえ見せてくれるなら、別に殺されても構わない。

 ごめんなさい、先生。


 先立つ不幸を、お許しください。


 そして、私の意識は途絶えた。

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