彼女でないと、だめなのだから。


『本当に、頂いてよろしいのですか?』

『あぁ、構わない。君ならきっと、大切にしてくれるだろうから』

『……っ! ……もちろんです! 生涯大切にします! たとえ天に召されることになったとしても、身内に頼んで棺に入れてもらいます!』

『ははは……まぁ、長生きしてくれ』

『はい!』


 しかしそれは、叶わなかった。


 この作品が公開された一年後、ヒロインを演じた若き女優は、病でこの世を去った。

 若干二十歳、まだまだこれからの女性だった。

 彼女の葬式は身内だけのささやかなものだったようだが、この作品で共演した五十路の主演俳優は、彼女の身内に手紙を書いたらしい。

 手紙の内容は世間に公開されていないが、彼女以外の女性がヒロインを演じるなんて考えられないから、続編の話は断った、みたいなことを熱烈な文章で書かれていたとか。

 少し読んでみたい気もするが、彼も彼女も外国の方な上、随分昔、祖父母が若かった時の話である。現存しているかどうか、されていたとしても原文を読むことはできない。


 ──そんなことをぼんやりと考えていたら、エンドロールが流れ始める。


 古い古い、白黒の映画。

 大きなカメラ屋さんの映像コーナーで、お手頃価格で売られていたのを偶然発見し、そのまま買って、現在三回目の観賞中。


 プロカメラマンの主人公は、カメラマンであることを辞めるかどうかで迷っていた。生きる為にと撮りたくもないものを撮り続ける日々に嫌気がさしてしまったのだ。

 だが、カメラを捨てたとして、その後どう生きたらいいか分からなかったから、彼は何も選ぶことができず、求められるがままに写真を撮り続けてきた。

 ある日、昼食を取っている際に、突然少女にカメラを盗まれそうになる。

 機体に触られる寸前に遠ざけたので未遂に終わり、物乞いか何かかと腹立ちながらも昼食を分けてやれば、申し訳なさそうに少女は語る。

 彼女はカメラマンになりたかったが、女にカメラなんか任せられないと、町中の店に門前払いを受けてしまったらしい。

 落ち込みながら歩いていたら、死んだような顔で写真を撮る主人公の姿を目にしてしまい、怒りに任せてそんな行動に出てしまったんだとか。

 で、

 なんやかんやで、主人公は彼女を男装させ、助手として傍に置き、師として彼女を教え導いていくことになる。

 時に怒鳴られ、時に涙し、時に取っ組み合いの喧嘩になりながら、彼女はカメラを学び、カメラの腕を鍛え、ついには客がつくようになる。

 が、

 彼女が女性であることがバレるハプニングがあって、同業者からのバッシングや嫌がらせに遭ったりするが、とある政治家の愛人疑惑のある有名女性モデル(本当は娘)が後ろ楯となり、主人公は同業者達を説得し続け、彼女が写真を撮ってきた客達からの支えもあって、ついに女性カメラマンとして認められることとなった。

 彼女は彼女を助けてくれた全ての人々に感謝し、数年は主人公と共にいたが、そろそろ独り立ちをすることになる。

 それまで彼女は主人公の古いカメラを使っていたが、独り立ちするということで、新しいカメラを主人公から贈られる。

 そして、あの会話である。


 この映画には原作の小説がある。

 そっちでの主人公は彼女だが、映画の監督が主演俳優のファンであり、どうしても彼を主演にして作りたかったので、こういう形になったのだとか。

 だから続編が作られる予定はなかったが、原作のファン、そして映画を観た人達からの多くの声によって、作るしかない、なんて話が出た所で、彼女の病が発覚したと。

 別の女優で続編を、となりかけたが、主演俳優の猛反対と、何よりファン達の、絶対に彼女じゃないと嫌だの声に、続編の話は消えてしまった。


 彼女の芝居は、それくらいに魅力的だった。

 数十年経っても、色褪せない。


 映画の最後、主人公と彼女が別れる際。

 原作だと、彼女は涙を堪え、無理矢理笑みを浮かべてカメラを抱き締める。

 だが、映画だと、彼女は大粒の涙を流しながら、もらったカメラで主人公を撮った。

 台本にそんなことは書かれておらず、完全に彼女のアドリブ。

 しかし、監督はカットを掛けることができなかった。

 現場の誰も動けず、ただ一人主演俳優が、仕方ないなと言いたげな笑みを浮かべて、彼女の涙を拭うのだ。


 歴史的名シーンとして、今日まで語られている。

 彼女が生きていたら、どんな名作が世に生まれていたんだろう。

 ──病が憎い。

 私は、もっと彼女の芝居が見たかった。

 ──返してくれ。

 また、最初から見直す。

 指が動くのだから仕方ない。


 ──彼女でないと、だめなのだから。

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